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中国山地幻視行~残雪の羅漢山 [中国山地幻視行]

中国山地幻視行~残雪の羅漢山 

 羅漢とは阿羅漢の略で、修行僧を指す。ものの本によると、羅漢山という山には奇岩が並び立ち、遠望するとそれらが修行僧のように見えてこの名がついたとされる。しかし、我々からするとこの山に奇岩のイメージはなく、お椀を逆さにしたような半円形の整然とした山容のイメージが強い。いま「羅漢山」と聞いて、修行僧のイメージを思い起こす人は少ないのではないか。なお、この山の北方には恐羅漢山という広島県の最高峰があるが、この山名の由来も羅漢=修行僧から来ている。
 3月22日、広島・山口県境の羅漢山(1109㍍)に登った。春分を過ぎてなお、残雪を求めての山行である。しかし、期待を裏切って残雪は山頂付近に名残をとどめるのみであった。むしろ羅漢の北、西中国山地の高峰が居並ぶあたりに白い峰々がきらめいていた。
 羅漢の山麓、標高1000㍍付近には牧場やキャンプ場、スキー場が整えられている。そのうちの、キャンプ場近くの駐車場に車を入れた。シーズンではないので貸し切り状態であった。頂上まで標高差150㍍ほどである。ゆっくり行って1時間ほどと見通しを立て、歩き始めた。
 ところが、標識を確かめて山道に踏み込んだにもかかわらず、針葉樹の植林帯の中で迷ってしまった。途中で道が消えたのである。ササや雑草を踏み分け、見当をつけて歩くうち、なんとか道らしきものを見つけられたからよかったが、もし見つからなかったら…と一瞬だが冷や汗ものだった。
 ルートを見つけてしまえば、後は登るばかりである。しばらくして「小羅漢まで0.2㌔」と表示した標識を見つけた。寄ってみると立派な展望台がしつらえてあった。上ると正面に吉和冠から寂地、右谷山へと続く稜線が広がった。
 この山の頂には、不思議なものが二つある。一つは、雨量を測定するためのレーダー塔で、建てたのは国土交通省。レーダーによって半径300㌔の範囲の降雨状況を測定するという。気象衛星の精度が格段に上がった現在、こうしたものが必要なのかは、素人には分からない。もう一つは、「磁石岩」。2億数千年前から8千年前にかけて地殻変動や岩石変成作用によってできた橄欖(かんらん)岩が強い磁力を持つに至ったとされる。なぜそうなったかは、これも素人なので分からない。とりあえずコンパスを近づけたところ、針が一回りしたので、名前に偽りなしと確認した。
 山頂からは、小羅漢と同様に寂地、吉和冠、十方山がよく見えた。ところが、自宅で地図を見ながら確認したところ、羅漢から見て恐羅漢は十方のほぼ真裏に位置することが分かった。では、十方山の西に見える雪山は…。自信はないが、島根県の広見山ではないかとの結論に至った。


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頂上直下の山道

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頂上展望台横にわずかな残雪

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羅漢山頂の標識

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磁石岩。コンパスを近づけると針が揺れる

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雨量計測用のレーダー塔

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中央が十方山。その左(西)は広見山か

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右のとがった頂が吉和冠。左へ寂地山への稜線が延びる


中国山地幻視行~春うらら・大峰山 [中国山地幻視行]

中国山地幻視行~春うらら・大峰山

  「うらら」は「麗」と書く。手元の辞書によれば、空が晴れて、太陽が明るく照っているようす。春の日をいう場合が多い―とある。3月19日、3連休の真ん中のこの日は、この言葉通りの一日だった。
 午前9時ごろ、広島市の近郊、大峰山(1050㍍)のふもとの駐車場に車を入れた。かつては分校のグラウンドであったが廃校となり長く放置されて雑木に覆われた。地元の人たちが整備して、立派な駐車場となった。
 男女一組の先客がいた。身支度を整えていると、続々と人が来る。まず女性のグループ。笑顔であいさつを交わす。続いてマイクロバス。降りてきたのは10人ほど。こちらは一人なので準備が整い次第、出発した。まず、別荘地帯の舗装された急坂を登る。いつもながら、楽しい道ではない。味気ない上に、結構な急斜面だからだ。息が切れてきたころ、カメラの携行を忘れたことに気づき、引き返した。おかげで、先ほどのマイクロバスの一行に追い越されてしまった。
 頂上に着いたころ、団体はもういなかった。どうやら、尾根伝いに行ける西大峰へと踵を返したらしい。女性3、4人のグループは頂上の大岩に陣取っていた。ザックに下げた温度計を見ると、気温20度。大岩の上からは360度の展望が楽しめるのだが、この日は春霞のため、遠くの山々は霞んでしまっていた。いつもはよく見える広島湾も、ベールの向こうである。北へ目を転じると、辛うじて恐羅漢山のスキー場のゲレンデと、その右隣り(北東)の砥石郷山が確認できた。そこからずっと左(西)に目を転じると、吉和冠の特徴ある不等辺三角形の山容も判別できた。その左(西)は広島・山口県境の羅漢山だろう。
 山を下り、車を走らせていると道路脇に季節遅れの白梅が咲いていた。麗らかな春の日に輝いているように見えた。

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北側斜面には残雪

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西大峰への尾根

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広島湾は霞んで見えない

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恐羅漢のゲレンデが見える。その右奥は砥石郷山

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雲一つない青空

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季節遅れ、梅ほころぶ


中国山地幻視行~残雪漫歩・深入山 [中国山地幻視行]

中国山地幻視行~残雪漫歩・深入山 

 懸案の仕事がひと段落した。窓の外はいい天気。久しぶりに出かけてみるか。しかし、このところ山はご無沙汰。間違いなく体はなまっている。どうしようか。思案をするより、出かけてみよう。
 深入山。国道からすぐ入ったあたりまで路面は雪で覆われていた。スノーシューを準備。ところが、最近はいていなかったためか、経年劣化のせいか、ゴムバンドが切れてしまった。急いで予備のカンジキに履き替える。スノーシューも、ずいぶん使ったな、そろそろ替え時か。とりあえず、カンジキをはき、急斜面を登った。
 予想に反して山はまだら模様だった。それもそうだ。もう3月も半ばに近い。それでも気を取り直し、雪のあるところを登る。雪質は硬い。急斜面なのでアイゼンの方がよかったか。途中で替えてみた。こちらの方が食い込みがいいようだ。
 しかし。雪は上に行くほど少なくなり、もうすぐ途切れそうだ。そこで、なぜか気が変わり、あちこち雪上を渡り歩くことにした。頂上を目指すだけが山登りでもないだろう。そんな気分で残雪漫歩の一日に。たまには、こんなのもありかな。


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あれ、雪がない

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スキー場のゲレンデがあるのは、広島県の最高峰・恐羅漢山

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この先は雪がなさそう…

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近くの丘には、何かのシュプールが一本


中国山地幻視行~思わぬ雪と氷・三倉岳(2月13日) [中国山地幻視行]

中国山地幻視行~思わぬ雪と氷・三倉岳(2月13日)

 9合目を過ぎて、中岳に向かう。途端に雪が多くなる。この辺りは鞍部で風が通りやすい。山間部に雪を降らせた風が、ここまでくるのだろう。比較的乾いた雪で、足元でキュッと鳴る。靴底の溝に詰まって、滑る感覚がある。アイゼンを持ってくればよかった、と思うがもう遅い。そのうち、狭い溝状の山道になる。
 なんとか登り切って、中岳から夕陽岳への長い溝状のルートに向かう。ここは一日中日当たりが悪い。雪があると苦労するなあ、と思っていたが、思いのほか雪はなかった。しかし、つかもうとした木の根っこはいずれも太いツララが下がっていた。
 手袋を雪山用に変えて、登る。足元の岩はうっすら氷が張り、よく滑る。バランスを取りながら注意深く体をずりあげていく。ここには長い鉄の鎖が張ってあるが、凍り付いてほとんど役に立たない。
 なんとか登り切って息を整える。やや雪が深くなった道を行く。頂上からは羅漢山がよく見えた。広島、山口県境に近いあたり、レーダー塔の立つ半円形の山容は白く雪をかぶっていた。

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予想しなかった雪が現れた

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行く手には巨大なツララ。左手に鎖が見えるが、凍り付いて役に立たない


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こんなのを見るとホッとする


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広島・山口県境にある羅漢山。雪をかぶっている

中国山地幻視行~快晴の宮島・弥山 [中国山地幻視行]

中国山地幻視行~快晴の宮島・弥山

  いつのころからか、初登山は宮島・弥山と決めている。1月6日、その弥山に登った。例年のことだが、年々急坂が身にこたえるようになった。いつの間にか大聖院からではなく、もみじ谷からの登山道に取り付くようになった。コース全体としてはそれほど差はないのだが、取り付き部分が、もみじ谷の方が緩い。知らず知らず、なるべく緩くて楽な方を、という選択をし始めているわが身が情けなくもある。
 ということで、新年早々にしては勢いに欠ける書き出しになってしまったが、年を考えればやむを得ないところか。しかし、空はあくまで青く、海はあくまで平穏で碧かった。この空と海の色の記憶を、今年1年のエネルギーにしよう。

  みなさん新年おめでとうございます。今年もお付き合いよろしくお願いします。


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厳島神社の大舞台

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弥山の山頂から。右端は展望台の屋根部分

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駒ヶ林。毛利と陶の戦いで、陶の軍勢100騎が3日間立てこもったといわれる

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広島湾。最近は外国人観光客にこの風景が人気なのだそうだ

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消えずの霊火堂。1200年燃え続ける火があるという

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下山途中、神社と桟橋を眺める


タグ:宮島 弥山

中国山地幻視行~今年初の雪山・窓が山 [中国山地幻視行]

中国山地幻視行~今年初の雪山・窓が山

  所用があって広島高速を走っていたら、中国山地が白くなっているのが目に入った。そういえば、天気予報は山間部に雪が降るだろうといっていた。思いかえせば1カ月以上も山はご無沙汰である。行ってみるか。…翌日、車を山間部に走らせた。

 雪の山といってすぐ頭に思い浮かぶのが、窓が山(711㍍、佐伯区五日市町)である。なぜだか分からない。市街地から近く手っ取り早いこと、独立峰なので雪が積もりやすいことなど考えられるが、確たる根拠はない。条件反射のようなものである。

 最後の岩を越えると、「山頂まで50㍍」と書いた標識がある。ここからは、登りはない。尾根伝いの道はうっすらと雪に覆われていた。ふみ跡はない。どうやら、積雪の後、登ったものはいないようだ。 西峰の大岩から眺める広島湾は、時折り厚い雲の隙間から差す光を受けて鈍く光っていた。そこから少し下ると、中空に突き出した大岩がある。いつもここを最終の目的地にしている。岩の先は白く雪に覆われていて、その先に市街地と厳島、広島湾が望めた。

 西峰の頂上へと折り返し、下りにかかる。ここで若い男女と単独行の男性に会った。この山で初めての「ヒト」である。あとは、まっすぐ急な下りを下った。雪をかぶっているので、やや時間がかかった。

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「頂上まで50㍍」の標識。雪の上にふみ跡はない

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西峰の頂上から

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西峰直下の大岩から。広島湾が鈍く光る


中国山地幻視行~黄葉の深き森・天上山 [中国山地幻視行]

中国山地幻視行~黄葉の深き森・天上山


 前回、うっかり「最後の紅葉」とタイトルをつけてしまった。もう見納めと思ったからだ。しかし、見納めではなかった。

 天上山(972㍍)に登った。巨木が連なる深い森がある。かつて郡部だったが、市町村合併で広島市の一部になった。なんとも落ち着かない。中国山地の懐に抱かれた山域、といったほうがしっくりくる。

 「竜頭の滝」方面から登った。山頂まで2時間余りである。渓谷に沿った道は険しく、ところどころではしごやアルミの橋が頼りになった。「紅葉」というより「黄葉」である。ブナ、トチ、そのほか落葉樹の巨木を眺め、変化に富む山道だった。

 山頂はほとんど眺望がなかった。わずかに北に向かって広島県の最高峰・恐羅漢が望めた。目を凝らせば、山頂付近のスキー場のゲレンデが確認できた。山深く、晩秋の気配が漂っていた。(1110日)

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黄葉の森Ⅰ

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黄葉の森Ⅱ

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黄葉の森Ⅲ

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トチの巨木


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古びた鉄橋が風情を醸す

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山頂には立派な標識が立っていた

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恐羅漢のゲレンデが望めた



中国山地幻視行~最後の紅葉・大峰山 [中国山地幻視行]

中国山地幻視行~最後の紅葉・大峰山


 

 大峰山の山頂直下、ブナ林の陰で一休みしていると葉がざわっと揺れた。風ではない。雨である。予報では、夕刻から降るとなっていたが、少し早まったようだ。山の天気はわからない。先を急ぐ。八畳岩に着いたころ、本降りになった。

 期待していなかったが、紅葉(黄葉)は盛りであった。晴れていれば透明感を増していたに違いない。残念なことだった。それでも、はるかに見える西大峰は、晩秋の色に染まっていた。そぼ降る雨の中で眺めた。(118日)



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大峰山の山頂から。右後方が西大峰

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広島市方面を望む


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 登山口がある玖島方面を望む




中国山地幻視行~紅葉の比婆連山 [中国山地幻視行]

中国山地幻視行~紅葉の比婆連山

 

 息を切らして池の段の登りを登り切った。冷気と湿度を含んだ風がほほをなでた。思わず後ろを振り返った。紅葉の比婆山にガスがかかり始めていた。比婆山の山頂付近は雨かもしれない。

 牛曳山はここ2、3年、紅葉の時期に登っている。今年は比婆山にするか。六ノ原の事務所で、念のため聞いてみた。比婆山は100%、牛曳は60%ぐらい、と返事があった。やはり比婆山に、と決めて歩き出した。

 誤算があった。比婆山の紅葉はあくまで遠望で楽しむもので、中を歩いて楽しむものではなかった。だから、出雲峠から池の段まで、ほとんど何の楽しみもなかった。その分、池の段と立烏帽子の紅葉は見事であった。しかし、冒頭に書いたように低い雲が山頂に迫っていた。日差しに輝く紅葉は見られなかった。それが心残りであった。

 

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烏帽子岩から見た比婆山

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池の段(手前)と立烏帽子

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紅葉の立烏帽子

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池の段



中国山地幻視行~瀬戸の絶景と四国山地・七国見山 [中国山地幻視行]

中国山地幻視行~瀬戸の絶景と四国山地・七国見山



 瀬戸内海のほぼ中央、広島県・上蒲刈島の七国見山(457㍍)に登った。正確に言えば中国山地ではないのだが、ここでは便宜上「中国山地幻視行」の一編とさせていただく。

 なんだ、500㍍もない山か、と思われそうだが、登山口は海抜ゼロ㍍にあり、正味登らないといけない。そのうえ、島の山にはよくあることだが、ほぼ初めから終わりまで急登である。山道は階段状に作られていたが、かなり荒れて崩壊状態だった。近年、登る人もいないらしい。

 それでも時々振り返ればベタなぎの瀬戸内海と、その上にそびえる四国山地の眺望が楽しい。雲上に連なる高峰は石鎚、笹ヶ峰、東赤石山であろう。いくつかとがったピークが見える。どれが石鎚であろうか…。

 1時間ほど登ると、林間の稜線歩きになった。緩やかなアップダウンを繰り返すと、目の前に木造の展望台が現れた。山道の両側は雑木林で眺望がきかないため、つくられたようだ。見ると、四国側は伐採されている。あらためてじっくりと四国山地を眺める。はるか下には海岸沿いに造船所らしきもの。位置からすると来島どつくであろう。

 帰途は別ルートを下った。途中から標高100200㍍の、島を巻く舗装道の長いロードになった。見れば雑草が生い茂り、ところどころ舗装も剥げて使われている痕跡がない。山頂付近にあった案内板によると、かつては入り組んだ海岸線に道路を通す技術がなく、そのうえ海賊の襲来を恐れた島民が住居や田畑を島の中腹に作ったため、このような鉢巻き状の道が作られたが、今は海岸沿いの道がメーンになったため利用されなくなったようだ。

 山名の由来は、安芸、備後、備中、伊予、讃岐、周防、豊後の七つの国が見えるというところから来ている。

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典型的な瀬戸内海の風景Ⅰ

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典型的な瀬戸内海の風景Ⅱ


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雲上にそびえる四国山地。海岸線にあるのは来島どつくであろう


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多島美と四国山地




中国山地幻視行~黄金と青の競演・三倉岳 [中国山地幻視行]

中国山地幻視行~黄金と青の競演・三倉岳



 1010日、最近になく空は晴れた。おまけに今日は「体育の日」。三倉岳にとりつくと、結構な数の人たちが追い越していった。汗をぬぐい、やり過ごした。若い人が多い。しかし、頂上へ向かう人はほとんどいない。山道の左右に点在する思い思いの岩場に取り付いたようだ。かくして、あくせく登る我が頭上で、セミの声ならぬ人の声が飛び交う。

 山頂から見下ろすと、黄金に揺れる稲田が目に入る。風は冷たい。青空に薄く伸びる雲が秋らしい。

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夕陽岳の頂から

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秋の雲

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紅葉

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実りの秋

中国山地幻視行~秋はいつ来る・吉和冠 [中国山地幻視行]

中国山地幻視行~秋はいつ来る・吉和冠


 この山は広い裾野と、三角形にとがった山頂付近で成り立っている。その頂上直下にたどり着いたとき、頭上から声がした。目を上げると、人が立っていた。一人ではない、数人だ。と思ったらその数は10人以上に増えた。山頂から降りてきたグループに違いない。道をよけてくれ「どうぞ」という。「いや、ここで休みますので」と答えて、脇に腰かけた。クマよけに、と思って鳴らしていたラジオから春日八郎の「お富さん」が流れてきた。「粋な黒塀、見越しの松に…」。降りてきたグループの一人が「あら、懐かしい」。どうやら、同じ年恰好らしい。ラジオではMCらしき人が懐かしんで、子供のころ意味も分からず歌っていた、と話したが、その通りだった。そのうち誰かが「一人ですか」と聞くので「そうです」と答えたら、この山で人に会ったのは初めて、という。アマゾンあたりのジャングルでもあるまいし、と思ったが、こちらも同じであった。

 10月2日、日曜日。久しぶりに雨なし予報。そこで、この山に取り付いたが、晴れているとはいえ湿度が高い。汗が噴き出す。これでは雨に降られているのと変わりない、と思いつつ、人気のない道を登った。日曜というのに頂上直下まで孤独な旅だった。このところの雨続きで、沢は水量を増しごうごうと音を立てていた。クマよけの鈴だけでは心もとなく、ラジオもボリュームいっぱいにあげた。途中、腐った倒木に無数のひっかいた跡があったが、クマの仕業ではないか。腐木に潜む虫でも狙ったか。

 山頂から眺める山並みは白いベールの向こうだった。日の当たるあたりがかすかに浮き上がった。不思議な光景だったが、爽快ではなかった。気温24度。それなりに風は冷たいが汗は止まらない。天高く爽快な秋はいつ来る。


 

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杉林の道は雨上がりのようだった

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沢はごうごうと流れていた

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かじったのはクマか

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山頂付近から。かすむ山並み

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山頂も、もやっていた




中国山地幻視行~久々の山・恐羅漢 [中国山地幻視行]

中国山地幻視行~久々の山・恐羅漢


 気がつけば立山・大日岳以来、1カ月以上も山から足が遠のいていた。サボっていたわけではない。所用がたてこみ、夏は暑く、9月になれば雨続きの天候でこうなってしまった。9月23日は、久々に中国山地が晴れたので恐羅漢を目指すこととした。
 久しぶりの晴れ間というのに、恐羅漢スキー場の駐車場に車はなかった。花の咲いていないゲレンデをひとりいく。こうなると、怖いのはクマである。ザックに鈴をつけ、ラジオのボリュームを上げて登る。
 もう一つ怖いのはマムシである。クマには幸い出会わなかったが、マムシは登り2回、下り2回の計4回出くわした。とぐろを巻き鎌首を持ち上げた状態ではなく、いずれも草むらに潜り込むところであったが、丸々としたのばかりで気持ちのいいものではなかった。
 山頂は予想通り人気(ひとけ)はなかった。雲が低く、風は冷たかった。やっぱり秋だな、と思ったとたんに雲間から日が差した。とたんに後頭部を熱気がおおった。まだ夏はどこかに残っているようだ。
 この山はクマ銀座としても知られる。その辺からのそっと顔を出しそうでもあり、長居は無用と記念写真を撮ったのち下山の準備を急いだ。写真を撮り終えたころ、下から5、6人のグループが登ってきた。「十方山はどちらかね」と聞かれたので、雑木が邪魔になって見えないはず、と答えた。この山からは、臥龍、深入山の方向はよく見えるのだが、十方、吉和冠の方向は展望がきかないはずだ。
 山道にほとんど花はなかったが、山頂付近に紫の小さな花だけが咲いていた。エンゴサクの一種かと思うが、開花期が違っている(エンゴサクは初夏)。マムシが出るのは700800㍍あたりと思っていたが、この日出会ったのがいずれも標高1000㍍以上であったのには驚いた。下りは夏焼峠へと向かおうと思ったが、ゲレンデを逸脱するスキーヤー向けの「滑走禁止」の無粋な看板に心を折られ、来た道をたどった。


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西中国山地。雲が低い

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恐羅漢の山頂

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エンゴサクは秋には咲かないはずだが…

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山道を遮る無粋な看板 


 


中国山地幻視行~深入山・花盛りの山 [中国山地幻視行]


中国山地幻視行~深入山・花盛りの山


 7月29日、深入山に登った。登山口で気温を計ったら、34度である。さすがにこんな日はだれもが敬遠するらしく、駐車場に車は1台もなかった。つまり、登る人などいないと推測された。
 しかし、山道に足を踏み出すと、予想しなかった風景が出現した。まず、キキョウの競演である。道の両側には、紫の花が並んで待っていた。しかし、この暑さ。しばらくして汗が止めどなくふきだす。我慢してしばらく歩くと、今度はナデシコの競演である。高度によって棲み分けているとみえ、キキョウとの共生地域を経てナデシコばかりが目立つようになった。標高1000㍍を超したあたりからは、ギボウシが野の主役となった。ただ、半分枯れているものがほとんどで、写真にはとらなかった。
 予想通り、山頂にはだれもいなかった。しかし、この花盛りの山、もったいない。周辺の草むらに目を凝らすと、ヤマジノホトトギス。さすがに標高1153㍍の山頂に立てば、風はひんやりと心地よい。

 下りは別コースを、と思い、あずまやのある方へ下った。驚いたことに、早くもマツムシソウが薄紫の花を咲かせていた。現認したのは2輪。秋口の花だと思っていたので、常識を覆された(念のため、植物図鑑を調べたところ開花期は8~10月とある。知らなかっただけで不思議ではないらしい)。

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登山口。緑が濃い

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キキョウとナデシコが共生する野の向こうに山頂が見える

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山頂から中国山地を望む。眼下の湖は聖湖

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山頂の標識。雲が出てきた

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ナデシコ越しに中国山地が広がる

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キキョウ

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キキョウ

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ナデシコ

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ナデシコ

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マツムシソウ

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ヤマジノホトトギス

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ツリガネニンジン

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アザミ




中国山地幻視行~のろしは上がった・鬼が城山 [中国山地幻視行]

中国山地幻視行~のろしは上がった・鬼が城山


 鈴が峰から鬼が城へ。我が家の裏山ともいうべき山だが、片道1時間余りの行程である。登りと下りが半々。したがって行きも帰りも所要時間は変わらない。
 鬼が城の山頂手前にある八畳岩でコーヒーを飲んでいると、幟を手にした女性が上がってきた。何人かの連れがいるらしい。声を掛け合いながら鬼が城の山頂へと向かっていった。
 さて、とこちらも腰を上げ、鬼が城山頂へと向かった。何やら騒がしい。全員で何か唱和しているふうでもある。先ほどの幟が頭をよぎった。新興宗教か。やめておこうかな。でもここまできて引き返すのもなんだし。で、頂上だけ踏んで帰ることにした。
 10人はいただろうか。全員、オレンジの法被を着ている。その中の一人から声をかけられた。今度、遠征に同行する予定のUさんである。そういえば、この山のふもとの団地に住んでいる。

 のろしを上げるイベントなのだそうだ。もちろん、宗教とは何の関係もない。瀬戸内周辺の自治体を中心に北海道から九州まで全国90以上の自治体とパラオなど海外の国もいくつか加えて同時にのろしを上げ、友情の輪を広げあうという。説明されてもよくわからなかったが、そういう趣旨のものらしい。無事にのろしを上げた後、全員で集合写真を撮る際には「どうぞどうぞ」といわれ、行きずりの山行者として入れてもらった。後で「この人誰?」といわれてしまうだろう。

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のろしは上がった。瀬戸内海の島々にも見えるだろうか

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正面の島は厳島

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広島市の南部

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鬼が城のふもとに開けた団地


中国山地幻視行~三倉岳・湿度との闘い [中国山地幻視行]

中国山地幻視行~三倉岳・湿度との闘い


 久しぶりに遠征を構えているので、きょう(7月10日)はトレーニングである。予報では晴れだったが、雲が厚く垂れ下がっている。前日までの雨で湿度が高い。風はない。日曜日なのに人もいない。そんな中をひたすら登る。中岳までやっとこさ登り、一息ついていると下から声がした。そのうち、若い男女二人連れが岩の間から顔を見せた。この山で初めての「ヒト」である。楽しそうに大岩を一回りし、降りていった。

 西岳にも人はいなかった。こんなに蒸し暑くてはね、と自分を納得させ、山を後にした。

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中岳の大岩越しに栗谷の集落が見える

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雲が下がってきた

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西岳から見た栗谷

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登山口起点にあるロッジ。この日はもう一つ下の駐車場から登った

中国山地幻視行~玉峰山・頂に巨大な標識 [中国山地幻視行]

中国山地幻視行~玉峰山・頂に巨大な標識


 松本清張は、世に出るきっかけとなった「或る『小倉日記』伝」の印象が強烈で北九州の生まれと思われがちだが、近年、本人の証言もあって広島駅近くで生まれたらしいことが定説になりつつある。父親は鳥取県日南町の生まれで、同町には文学碑も建つ。清張の代表作ともいえる「砂の器」は島根県亀嵩町が重要な舞台になっているが、清張自身がこうして中国地方と深い縁にあることも、まんざら無関係ではないだろう。

 広島から北へ150㌔、奥出雲町亀嵩にある玉峰山(820㍍)に登った。7月5日、予報では今夏最高気温と出ていたが、前日までの雨もあって山道の蒸し暑さは尋常ではなかった。おまけに石畳がよく滑る。それでもなんとか、汗だくのよれよれになりながら、山頂にたどりついた。周囲は湿気でけぶっており、眺望はなかった。山頂はやや広くなっており、800㍍の山にしては不釣り合いと思える巨大な標識がそびえていた。

 下りは周遊ルートを取り、巨岩、奇岩の連なる風景を楽しむ…はずだったが、なにせ暑さでそんな余裕はなかった。

 なお、映画「砂の器」にも出てくる亀嵩駅は今も古びた味わいを漂わせ、奥出雲の手打ちそばが味わえるはずだったが、訪れた日は定休日の火曜日だったため望みは果たせなかった。

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亀嵩駅。そばは定休日で食べられなかった

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懐かしいたたずまい

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登山口からすぐ、小さな滝が現れる

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山頂には巨大な標識が

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右端のルートを登り、真ん中のルートを下った

中国山地幻視行~比婆連山・ササユリの道 [中国山地幻視行]

         中国山地幻視行~比婆連山・ササユリの道

 6月26日、梅雨の晴れ間、久しぶりに比婆連山を巡った。気温22度。蒸し暑さを予想したが、風はむしろひんやりしていた。順調に烏帽子岩山を越え、比婆山にかかる。山頂には比婆御陵があり、イザナミが葬られた地とされる。烏帽子岩とは反対側の竜王山からこの地をめざすと、樹齢千年ともいわれるイチイの巨木が門柱のようにたたずみ、門栂と呼ばれている。周辺まで来たとき、ロープが張られているのに気が付いた。あらためて巨木を見ると、下半分が無残に枯れかかっている。樹齢千年の命脈が尽きようとしている。なんとか再生を、と願うばかりだ。立ち入り禁止ゾーンは、山行者に踏まれぬよう、少しでも根への負担を減らそうとの配慮であろう。

 緑濃い池の段から下りはじめたとき、紫の小さな花が目に入った。ウツボグサである。ただ一輪、風に揺れていた。立烏帽子を越えて長い下りにかかる。だらだらと尾根道を下っていると、大振りのササユリがこれでもか、というほど咲き誇っていた。もう6月の末、そろそろシーズンも終わりと思われるが、花弁はなおみずみずしかった。

 日曜日だったが、思ったほど人は多くはなかった。そのせいか、思うままに花に見とれて六の原に帰り着いたころには夕暮れが迫っていた。

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イチイの古木は枯れかけていた

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正面右が比婆山、左が吾妻山。池の段から

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緑濃い池の段

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大ぶりのササユリ

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ササユリ咲く山道

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ウツボグサ

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コアジサイ

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アザミと蝶。夏らしい

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ヤマトラノオ



 

中国山地幻視行~空は青く・吉和冠 [中国山地幻視行]

中国山地幻視行~空は青く・吉和冠


 ぶらぶらと山道を下っていると、オートバイで乗り付けた男性と出会った。「ここから山頂までどのくらい?」と聞かれ、「まあ、1時間か1時間半ぐらい」と答えた。以前に書いたことがあるが、この山の潮原温泉からの登山道は、入り口から30分ほど登ったところで立派な? 林道が横切る形になっている。まったく無粋な話だが、せっかくの山歩きが、突然オートバイや車の利用者と出会う形になってしまう。

 この山の頂付近には、数は少ないがイワカガミがひっそりと咲く。今年はどの山も花の咲くのが早いから、と思って早めに訪れた。しかし、少し早すぎたようで、目当ての花は一輪だけ、それもやっと咲きはじめ、といったタイミングであった。登山口付近の森には小さな紫の花が咲き乱れていたが、ラショウモンカズラであろう。こちらは、開花期は6月ごろのはずだから、少し早いのかもしれない。

 早いとか遅いとか、花には迷惑の話であろう。そんなものはどこ吹く風、と新緑は鮮やかさを増していた。

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足元にはラショウモンカズラがあちこちに咲いていた

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イワカガミはまだだった

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と思ったら、別のところでは咲き始めていた


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雲一つなく

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恐羅漢㊧と十方山。真ん中遠方は臥龍山

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山頂から見晴らしはきかない


中国山地幻視行~毛無山・やっぱりカタクリは遅かった [中国山地幻視行]

中国山地幻視行~毛無山・やっぱりカタクリは遅かった


 広島から車を走らせて200㌔余り、鳥取・岡山県境の毛無山(1218㍍)へ向かった。カタクリの群生で知られる。以前登った際は、大振りで色の濃い花が印象的だった。それをもう一度見たくて、5月2日に遠征した。

 けなしがせん、と読む。同名の山は広島県内にもいくつかあるが、いずれもけなしやま、と読む。鳥取、兵庫、岡山の北部には、大山(だいせん)、氷ノ山(ひょうのせん)のように「山」をせんと読む呼び方が多くみられる。朝鮮半島の文化の影響ではないかと思う。

 さて、登山口のある新庄村役場に寄り、カタクリの咲き具合を聞いた。やはり、盛期を過ぎているようだった。今日あたりで間に合うかどうか…という役場職員の話しぶりであった。

 この山は、ブナ林の美しさでも知られる。以前に登ったのが10年以上も前で、その時より樹は大きさを増していた。雲一つない青空に新緑がよく似合った。しかし、10年の歳月はなかなか残酷である。以前は何とも思わなかった急登が身にこたえた。休み休み、あえぎあえぎの歩みであった。

 最後の急登を越えると、目に大きな山塊が飛び込んだ。大山である。こんなに近かったとは。あらためて記憶の不確かさを思う。その右手には蒜山のアップダウンが続き、左手には長い稜線が日本海へと落ち込むさまが見て取れる。

 高い標識の立つ毛無山頂上から白馬山方面へ緩やかな稜線が延びる。カタクリはその一帯に咲いているはずであった。しかし、やはり少し遅かったらしい。わずかに残ったものは花弁が傷つき、しおれていた。その中で、けなげに咲く数輪を見つけ、カメラに収めた。色の濃さはかつてと同じであった。

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毛無山の頂上直下から登山口方面を望む

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大山。ほぼ南から眺めたら、こんな形になる

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カタクリの花。わずかに残っていた

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カタクリの花

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白馬山への稜線から見た毛無山の頂上


中国山地幻視行~カタクリは遅かった・寂地山 [中国山地幻視行]

中国山地幻視行~カタクリは遅かった・寂地山


 4月30日、時間を見つけて山口県境の寂地山へ向かった。今の季節、目当てはカタクリの花である。例年であればちょうどよいころだが、今年はどこも花の開くのが早く、裏切られ続けてきた。
 連休の始まりである。駐車場はいっぱいで、その分登山者も多い。なんとか、犬戻の滝の遊歩道入口に車を突っ込み、支度を整える。そのうち、団体の登山者。遊歩道の石段を登り、林道を歩くこと1時間で、本格的な山道に入る。急登だが、新緑のブナ林が鮮やかで苦にはならない。登山道入り口から1時間ほどで、山頂下の草原地帯に出た。例年ならここにカタクリが一面、薄紫の花を咲かせているはずだが…。
 数少ない花が残っていた。しかし、花弁のほとんどが、おそらく風雨のせいであろう傷ついていた。居合わせた人も、少し遅かったねえ、と残念そうだった。ある人は、山のガイドには連休中がいいと書いてあったのに、と悔しさを隠しきれない口ぶりだった。懸念した通り、やはりもう1週間早く来るべきだったのだ。
 気を取り直して山頂へ向かい、吉和冠への縦走路に踏み出した。あるいは、というわずかな期待を込めて。そこには、数こそ少ないが元気そうなカタクリが咲いていた。ここにアップしたのは、ほとんどがそこで撮影したものである。
 下山を急ぐ途中、目の端にピンク色のものが飛び込んだ。目を凝らして探すと、それは予想もしなかったイワカガミであった。一輪だけひっそりと咲いていた。

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ひっそり咲いていたイワカガミ

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寂地の山頂は、稜線のピークの向こう側になるはずだ


中国山地幻視行~イチリンソウを見に行く・大峰山 [中国山地幻視行]

中国山地幻視行~イチリンソウを見に行く・大峰山

 

 気になっていたので、晴れた日にそこを訪れた。先日、のぞいた時にはまだ咲いていなかったのだ。この日も、見当をつけたあたりに目をやると、それらしきものは見当たらなかった。今度は遅かったか、とがっかりしながら帰りかけると、視界の端に、ひっそり咲く小さな花があった。本当に地味な花である。さらに目を凝らすと、いくつか咲いていた。花弁は少し傷んではいたが、たしかにイチリンソウだった。

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2輪並んで咲いてもイチリンソウ

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花弁は少々傷んでいたが

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群生しても目立たない

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こちらのほうが目立っていた


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ふもとから見た大峰山

中国山地幻視行~大江高山・花をめで稜線歩き [中国山地幻視行]

中国山地幻視行~大江高山・花をめで稜線歩き


 日本海に面した大江高山(島根県大田市)に登った。ふもとから見上げるとラクダのこぶのような形をしている。トロイデ型火山の集合体といわれる。
 主に二本の登山路が使われているが、一般的なルートを選択する。一般と非一般の差は、急峻であるかどうかによる。火山形成の山だけに、直登すればかなりのアルバイトを強いられる。とりあえずは、力量に合わせた選択である。どちらの登山路も、出発点は標高300㍍ほど。山頂は808㍍である。
 といっても、登ってみればなかなかのもの。いきなりの急登とジグザグ道が1時間ほど続く。しかし、その後はなだらかな稜線歩きと、いくつかのピーク越えが待っている。道のわきには小さな花、視線を上げれば時折り広がる日本海の海岸線。最近、減少が激しいとされるギフチョウも見かけた。カメラを向けても飛び立つ気配はない。幼虫はカンアオイの葉を食用とすると聞く。その通り、近くにカンアオイの花を見つけた。
 山頂からは三瓶山が間近だった。その沖合に島根半島が長く伸びる。眼下の入江は温泉津あたりか。その手前には、大森銀山跡があるはずだ。
 山行の最大の眼目はミスミソウであったのだが、わずかに数輪見かけただけだった。どうやら最盛期は過ぎたらしい。残念であった。


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イカリソウ

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イズモコバイモ

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カンアオイ。花自体はグロテスクである

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ギフチョウ

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ミスミソウ

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ぼこぼことした三瓶山。大江高山と同じく火山活動で形成された

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入江は温泉津あたりか。手前は大森銀山跡と思われる

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沖合にかすむ島根半島



 

中国山地幻視行~山笑う・三倉岳 [中国山地幻視行]

中国山地幻視行~山笑う・三倉岳


 たどり着いた中岳の大岩の上から人の声がする。そのうち、「登りの人がいますよ」と誰かが叫ぶ。仰ぎ見ると、数人が鎖を伝って降りてくる。その列が途切れた。「通してあげてくださあーい」と誰かが言う。どうやら、早く登れということらしい。そそくさと鎖を持ち、岩の上に上がった。そこにはまだ数人が残っていた。合計すると、10人ぐらいの団体らしい。
 ここからは吉和冠と大峰山がよく見える。見事によく似た山容である。左右非対称型というのか、北アでいう白馬岳のかたちである。おそらく形成過程も似たようなものなのだろう。
 一休みして、夕陽岳(下の岳ともいう)へと向かう。途中、長い鎖場があり、先ほどの団体の渋滞が起きていた。また一休み。夕陽岳の、いつもの場所には先客がいた。「来られますか」と聞くが、そうもいくまい。先に陣取ったほうが勝ちだ。その横の隅っこで、周囲の山を眺める。あちこちで、緑に白いボカシのようなものが入っている。少なくはない。タムシバであろう。今が盛りである。こういう風景を昔の人は「山が笑う」といった。源流は中国である。裏へ回り、先ほどの団体さんの横で昼食とした。
 帰途、いつものしだれ桜を見た。どんぴしゃりのタイミングだった。しだれ桜にしては、それほど年季が入っていない。若い桜である。だから、とても元気に見える。近くの菜の花もきれいだったが、ピンクと黄をコラボさせる構図が見つからず、心残りであった。


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大峰山

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吉和冠


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タムシバの花が山を覆う


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筆者

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今年も咲きました

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菜の花もきれいです


中国山地幻視行~花見には、まだ早いか・鈴が峰 [中国山地幻視行]

中国山地幻視行~花見には、まだ早いか・鈴が峰


 ぼちぼち桜の季節。まだ早いかと思いつつ、近くの山に登ってみた。自宅から上り坂を歩いて30分ほど、自動車道のそばに登山道はある。標識を右手に、山道に入る。竹藪がしばらく続く。そのうち水平な道に変わる。左右に住宅街が見え隠れする。
 登山口から30分ほどで、鬼が城山頂下に着く。小さな地蔵さんが、花に囲まれて鎮座していた。春である。ここからはやや急坂。といっても5分ほどである。山頂からは広島のデルタが一望できる。しかし、春霞。
 一息ついて、鈴が峰に向かう。縦走である。途中、住宅街に降り、桜の木を見ると、一本当たり2、3の花が開花していた。満開まで、あと1週間か。鈴が峰山頂の桜は、つぼみ状態だった。下山中に見たタムシバ(コブシに似た花)はもう満開だった。


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登山口にはスミレの花

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花に囲まれた地蔵さん

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桜の開花はまだ希少


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標高の低いほうが「山頂」と周知されている。不思議

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タムシバは満開


中国山地幻視行~残雪のころは過ぎて・恐羅漢山 [中国山地幻視行]

中国山地幻視行~残雪のころは過ぎて・恐羅漢山


 目の前で、木の枝がバサッとはねた。融雪によって、埋もれた枝が雪の重量から解き放たれた瞬間だった。頂上まであと少し。8合目あたりだろうか。
 3月26日、恐羅漢山。ゲレンデにほとんど雪はなかった。辛うじてコース最上部に、申し訳程度の塊があるだけだった。気温は20度を超している。風はない。
 昨年、残雪のころこの山に登ったのは3月28日。今年はそれより2日早い。それなのに、この雪のなさはどうしたことだろう。
 それでもゲレンデを抜け、ブッシュに入るころ、春の腐った雪が行く手を阻み始めた。そして、冒頭の光景である。立ち止まり、カンジキをつける。なくても歩けそうだが、木の根周りの雪下の空洞が怖い。カンジキで心置きなく歩くほうが楽だ。
 そうしているうち、頂上直下の雪原に出た。日差しがきついが、気持ちよい。快調に、そしてまっすぐに山頂を目指す。それにしても、先行者の踏み跡がないのはどうしたことだろう。この暖冬、最近雪が降ったという記憶もない。しばらく誰も歩いていないのだろうか。
 山頂周辺にはそれなりに雪があったが、山頂の標識周りは地面が露出していた。大岩に上がり、周囲の山を見渡す。雪のない、春の山が並んでいる。日本海の方向には風力発電の羽根が山並みに数本。江津か浜田あたりらしいが、特定はできなかった。

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ゲレンデの上部にわずかな雪が

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山頂まであと少し

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中央左が臥龍、右が深入山

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臥龍山

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深入山

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山上に並ぶ風力発電機

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山上に雪はなかった

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ゲレンデ最上部から見下ろす

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昨年3月28日の恐羅漢山


 

中国山地幻視行~春の色・窓が山 [中国山地幻視行]

中国山地幻視行~春の色・窓が山


  西峰の頂に立つと、眼下の広島湾とその沿岸部はかすんでいた。気温は15度を超している。陽気のせいで靄がかかっているようだ。今年は桜の開花も早いらしい。ぬかりなく、花見のころを見定めなければならない。

 西峰から少し下ったところに、大きな岩がある。その上に立つと、足下の魚切ダムや、山肌を侵食する新興団地がよく見える。この岩を、なぜか「おんな岩」と称しているが、頂とこのおんな岩の中間に「首なし地蔵」というのがある。小さな祠をのぞくと、たしかに胴体だけの石像が鎮座している。ぎょっとしてしまうが、帰りがけ登山口にある説明版を読むと、いまわしいいわれがあるわけではないらしい。それどころか、おめでたいエピソードが、この首なし地蔵にはあるらしいと分かって、少しほっとした気分になった。

 山間の道を車で走っていると、濃いピンクの花群がガードレールの向こうにあった。ソメイヨシノはまだ先だし、梅は終わった。そうか、桃の花か、と合点した。それにしても、見事な咲きぶりであった。

 山間の畑には、オオアラセイトウ(ムラサキハナナ)も咲き誇っていた。確実に、春である。

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西峰の頂から。沖合右は厳島

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魚切ダム

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首なし地蔵

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首なし地蔵の由来(中央)

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オオアラセイトウ

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桃の花

中国山地幻視行~大峰山・日差しが暖かい [中国山地幻視行]

中国山地幻視行~大峰山・日差しが暖かい


 4か月ぶりに登った。曇り、時々晴れ。手元の気温計で、14度。もう寒くはない。快調に1時間余り。山頂付近で男女二人連れと出会う。立ち止まって水を飲む。もう、水がうまい季節だ。水のうまさをうたった山頭火の句があったなあ…。

 山頂から、いつも眺める山を眺める。吉和冠、三倉岳、そして広島湾。真西に見える山は何だろうと思っていたが、拡大して伸ばすとアンテナが見える。ということは、羅漢山に違いない。吉和冠はまだ雪がたっぷりある。恐羅漢もまだ雪をかぶっているはずだが、そのような山は見当たらなかった。もう雪は消えているのだろうか。

 小一時間を昼食に費やし、そろそろと山を下りた。日差しが暖かかった。帰りに、「イチリンソウの自生地」の看板をみつけ、寄ってみた。それらしき場所には「開花は4月」とあった。もう一度、そのころに見に来よう。

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頂上のアンテナから、羅漢山と思われる


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うっすらと広島湾の島影

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三倉岳。裏から見るとごつごつしている

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雪が残る吉和冠

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大峰山の山頂




中国山地幻視行~雪の経小屋山 [中国山地幻視行]

中国山地幻視行~雪の経小屋山


 7世紀の中頃、白村江の戦いというのがあった。倭国・百済連合軍対唐・新羅連合軍の戦いである。敗れた天智天皇は、唐の侵略を恐れ防衛網の強化に腐心したという。朝鮮半島から倭国へのバイパスにあたる瀬戸内海は重視された。いまでも沿岸には、逃げてきた百済の将兵とともに築いたという朝鮮式山城が散在する。
 広島・大野町、厳島の対岸にある経小屋山の開山も、そのころかららしい。瀬戸内海を横断する敵の軍勢を防人らが見張る監視所が山頂につくられ、経文が備えられたことから、山名が定まったといわれる。

 この山の標高は、600㍍にわずかに届かない596.6㍍である。しかし、海に面しているため、眺望はとてもいい。広島湾と、沿岸の街並みが眼下に開ける。戦時中には軍の監視所があり、戦後もしばらくは消防の見張り台があったという。
 この山に登るのは、初めてである。車で楽に上がってしまえるからだ。実は頂まで立派な舗装道路があり、おそらくは戦中に軍がつけたものであろう、それが登山意欲をそいできた。

 西日本を大寒波が襲った。当初、中国山地の奥へと向かう予定だったが、これでは四駆といえどもおぼつかない。急きょ、海沿いの山へと方針を変え、この山を思いついた。

 広島市の西方、宮島口をさらに西へ進むと、山のふもとに大頭神社がある。その裏に妹背の滝という二つの滝がある。それを左右に見ながら、山に入る。しばらくは白く凍った林道が続く。突き当たりは三叉路となる。右は経小屋山、左は城山である。右手の登山道に入る。しばらくはだらだら坂だが、やがて急登になる。さらに階段状の道へと変わる。1時間も辛抱すると、「遊歩道」の標識が現れ、そのまま進むと舗装した道路に飛び出る。目の前に、あずまやが立つ。周囲の広場は白く雪化粧している。気温3度。わずか600㍍の山とはいえ、登山口はほぼ海抜ゼロ㍍である。正味を登らねばならないから、結構しんどい。

 帰路は経小屋山の海側にたたずむ城山を通った。山頂には門山城跡がある。200㍍強の標高しかないが、山の周囲は懸崖で囲まれている。おそらく山城を構えるのに最適と考えたのだろう。鎌倉時代以降、厳島神領の護衛が任務だったと考えられている。もちろん、城の面影はなく、わずかに柱穴が当時をしのばせるのみである

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大頭神社の横手を行く

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妹背の滝・雌滝

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妹背の滝・雄滝(こうした命名は好きではないが…)

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凍った林道を行く

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白蛇かと思い、ぎくりとする

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経小屋山からの眺め。沖に横たわるのは厳島

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山頂広場は雪景色。気温3度

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門山城跡から。鎌倉の武士も見たであろう風景。向かいは厳島


中国山地幻視行~鈴ケ峰・日差しさす縦走路 [中国山地幻視行]

中国山地幻視行~鈴ケ峰・日差しさす縦走路

 この山の頂から、正面に窓ガ山が望める。山名の由来であるキレットの向こう側にあるのは、東郷山であろう。

 と、無心に眺めていたら、背後から「あれは雪じゃないですかね」と、声をかけられた。振り向くと、男性が立っていた。「えっどっち?」「ほら、あの谷の向こう。十方山の方角だと思いますよ」。男性は双眼鏡を出して覗き始めた。「あっ、消えちゃった。雲だったか」。こうして、雪山への淡い期待は、文字通り雲散霧消した。男性は「今頃ならあのあたり、真っ白のはずだけど…」と名残惜しそうだった。

 このところ雪の予報が出てはいるが、なかなか積もらないねえ。それで話は途切れ、「じゃ、お先に」と、日差しあふれる縦走路に足を踏み出した。

 鈴ケ峰。標高312㍍。ここから標高282㍍の鬼ケ城山をめざす。そろそろどこかの山へ…と思っていたところ、あいにく午後に所用が入り、昼までに帰宅できるという条件でこの山の選択になった。しかし、侮ってはいけない。縦走すれば片道1時間はたっぷりかかる。眺めもなかなかいい。

 首尾よく鬼ケ城を往復し、鈴ケ峰に戻ってきたところ、別の夫婦連れに出会った。そして、ひとしきり「雪がないねえ」という会話を繰り返した。雪があればあったで嘆き、なければないで嘆息する。勝手なものです、人間は。

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鈴ケ峰山頂の標識。ここは三叉路である


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窓ガ山のキレットの向こうに東郷山


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中央左に白いものが…どうやら雲か霧らしい

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日差しさす縦走路

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鞍部の地蔵堂。いつもきれいにしてある

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鬼ケ城に着いた

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鬼ケ城からの眺め

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鈴ケ峰からの眺め。沖合に横たわるのは厳島

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