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中国山地幻視行~比婆連山・ササユリとイワカガミ [中国山地幻視行]

中国山地幻視行~比婆連山・ササユリとイワカガミ

 

 先日、地図を見る機会があり、比婆連山あたりをじっくり眺めた。比婆山の向かいにある吾妻山、それに連なる烏帽子山、毛無山は広島、島根県境にある。というより、山々が古代から国境(くにざかい)を形成してきたといったほうが正確かもしれない。これらを越えると奥出雲町に入る。日本海側から見ての「奥」であるから、広島側から見れば出雲の入り口にあたる。

 毛無山と烏帽子山の鞍部に出雲峠がある。気にかけていなかったが出雲峠とは、ここを越えれば出雲に入るという古人の思いが込められていたのではないか。地図を見て思った。

 6月18日、出雲峠から烏帽子山に入り、比婆山を越えて池の段へ向かった。昨年秋以来である。その前は6月。思いもかけず多くのササユリの咲き誇る姿を見た。今年も見られるのでは、と思いつつ向かった。

 その場所は池の段からの長い下りの途中にある。昨年のような光景はなく、わずかに一輪が楚とした姿を見せたのみだった。昨年は6月末だった。少し早かったのだろうか。その代わり予想しなかったものが見られた。イワカガミである。比婆連山を縦走する中で、複数の個所で淡いピンクの花弁を目にした。といっても今の時期である。くたびれた表情は隠しようもなかった。

 古事記にも登場する神話の地、比婆山には古いイチイの木がある。比婆御陵の入り口に立ち門栂と呼ばれるが、近年衰退が激しい。目にした姿は、下半分が枯れ果て余命いくばくもないと思えた。この古木もいつか倒れる日が来るのだろうか。

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「出雲峠」への標識

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比婆山山頂に「比婆御陵」がある

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枯れ行くイチイの古木

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池の段まで来ると明るい稜線が開ける

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イワカガミ

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ササユリ。崖の方を向いていたので正面から撮れなかった

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アカモノ

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ミツバオウレン? 自信はない

中国山地幻視行~三倉岳・梅雨入り宣言はしたが [中国山地幻視行]

中国山地幻視行~三倉岳・梅雨入り宣言はしたが

 

 梅雨入り宣言はしたものの、晴れの日が続く。そこで、三倉岳へと向かった。気温は25度を少し上回る程度。湿度が低いせいか、日陰に入ると涼しい風が吹く。山歩きには絶好の気候と見た。

 とはいえ、石段状の登山道に入ると汗が噴き出す。4合目を過ぎたあたり、頭上から声がした。ロッククライミングに興じる人たちである。あいさつを交わし、なお急斜面を登る。何人かが楽しむ壁には、遅咲きのヤマツツジが張り付いている。

 中岳の頂上には誰もいなかった。周囲の山をしばらく眺める。幸い、霞もかかっていない。大峰山と吉和冠がよく見える。いつも思うのだが、この二つは非対称の山容が実によく似ている。

 中岳から西岳(下の岳)へと向かい、溝状の鎖場に取り付いた。このところ雨が降っていないせいで、鎖も濡れておらず快適。ほどなく西岳。ふもとの集落が見下ろせる岩場で、昼食とする。6月、田植え間近の田には水が張られていた。セルフタイマーをセットして、岩場の先まで行ってみた。カメラの位置が遠かったため、岩場の先に立つには走る必要があったが、うっかり転ぶと両側はさえぎるものがない。つくづく、わが度胸のなさを恨んだ。

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壁に張り付いて咲くヤマツツジ

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大峰山

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吉和冠

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空には飛行機雲らしき二筋

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水田には水が張られ、田植えを待つ

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転ばないかとおっかなびっくり



中国山地幻視行~白木山から宮島が見える [中国山地幻視行]

中国山地幻視行~白木山から宮島が見えた

 

 小さな鳥居がある山頂は気持ちのいい草原である。階段状の道を我慢してやっとたどり着いた。雲はあるが、空は晴れている。開放感のある頂である。

 白木山は201511月以来。1年半以上も遠ざかっていた。理由は簡単だ。しんどいから。登山口から山頂まで標高差が800㍍近くある。山自体は889㍍だから、ほとんど登らなければならず、その間ほとんど展望はきかない。ひたすら林間の道を下を向いて登る。しかし6月2日、一念発起、久しぶりに登った。最近にしては気温が低く(25度ぐらいだったか)、風があったのが幸いした。

 山頂近くでチェーンソーの音がした。周りを伐採しているようだ。見回すと、何かが変わっていた。南西方向、広島湾に浮かぶ宮島(厳島)が見えた。これまでは大きなアンテナ塔と松林が邪魔をして広島湾方面はほとんど眺望がきかなかった。木を伐採したおかげで、ほぼ360度の展望が得られるようになった。

 しかし、これを登山者に対する地元のサービスと受け取るのは早合点、勘違いというものだろう。この山も周囲の山と同じく松枯れに悩まされている。そのための苦渋の対策とみるのが妥当だろう。それにしても、以前より見晴らしがよくなったことは、素朴に喜びたい。

 ちなみにいえば、この山から南には、条件が良ければ石鎚山が見えるという。北東には大山が。しかし、いまだに二つとも見えた経験がない。今度はもっと条件の良いときに来てみよう。

 

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山頂はこんな風景だ

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中央やや左の島が宮島。手前に伐採した跡が見える

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北西の深入山方面を見る

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南には石鎚山が望めるという。まだ見えたことはない

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道脇に立つお地蔵さん。どれもいい表情をしている

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中国山地幻視行~快晴の山頂・恐羅漢山 [中国山地幻視行]

中国山地幻視行~快晴の山頂・恐羅漢山

 

 5月14日、恐羅漢山(1346㍍)。駐車場に10台はいただろう。この山では滅多に見ない光景である。さすがにこの季節、気候がいいと人が集まる。カラフルなウェアに身を包んだ若い人が多い。身支度がすみ次第、登山道に向かった。

 新緑がまぶしい山頂には誰もいなかった。駐車場で見た人たちはどこへ行ったのだろう。ほとんどは夏焼峠経由で登ってくると思われる。こちらはいつも、スキー場のゲレンデ横を直登する。時間を短縮できるが、その分面白くはない。特にこの新緑の季節、もったいないと思っても不思議はない。おそらく、その時間差のせいであろう。

 快晴の山頂の大岩から北東を眺めると、深入山の北側に臥龍山が望める。周囲には標高1000㍍ぐらいのなだらかな山容が連なる。典型的な西中国山地の景色だ。昼飯にかかる。そのころになると、三々五々人が集まり始めた。山頂の標識の周囲には10人ぐらいが陣取った。その標識、じっと見ていると、側面にメジャーがはってある。最近はられたものか、昔からあるものかは分からない。積雪量を測るためらしい。最高で2㍍60㌢まで目盛りが刻んであった。

 下山は夏焼峠を回った。登山の列がまだまだ続いた。

 この山はちょうど1か月半ぶりである。その間に、山は冬から夏に、一足飛びに表情を変えていた。


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正面左が臥龍山、右が深入山。西中国山地の典型的な景色である

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ムシカリ(オオカメノキ)。この季節、最も目立つ花である

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ショウジョウバカマ。季節も過ぎ、疲れた表情である

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山頂の標識。付近には誰もいなかった

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横にはメジャーがはってある

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昼飯を食っていると、人が集まり始めた

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新緑のトンネル。小さな看板には「滑走禁止」と書いてある。
つまり、看板より向こうがスキー場、手前が登山道である

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夏焼峠への道

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夏焼峠から右へ、ゆるゆると牛小屋高原に向かう

中国山地幻視行~山は表情を変えていた・吉和冠 [中国山地幻視行]

中国山地幻視行~山は表情を変えていた・吉和冠

 

 山はすっかり表情を変えていた。

 そういえば、季節はもう初夏である。新緑が色濃く、山には生気がみなぎっている。路傍には名も知らぬ小さな花が咲き競う。ついこの間までの雪に覆われた山ではない。

 5月8日、吉和冠(1339㍍)。ほぼ快晴。気温をチェックすると27度。沢の水音が心地よい季節である。

 山頂近く、ひそかな楽しみのポイントがある。イワカガミの小さな群生。みると、小さなつぼみがまだ固く、じっと時を待っていた。

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登山道の入り口。鉄の橋を渡るとき、足音が沢に響く

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新緑と青空。いい季節だ

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見渡す限りの新緑

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山頂付近

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イワカガミのつぼみ

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イカリソウ

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スミレ

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オオカメノキ

中国山地幻視行~大山とカタクリ・船通山 [中国山地幻視行]

中国山地幻視行~大山とカタクリ・船通山

 

 「富士には月見草がよく似合う」とは太宰治の「富嶽百景」で、月見草という小さな存在が富士山と相対して引き下がらぬ凛とした姿への共感をうたった。富士は「日本一の山」といわれるが、さしずめ中国地方一の山は大山であろう。深田久弥の「日本百名山」にも、中国地方からは大山だけが選ばれている。この大山に相対し、一歩も引かぬ存在としてカタクリの花を上げるのは、無謀なことだろうか。

 5月2日、広島市内から中国自動車道経由で船通山に向かった。島根・鳥取県境にあり、広島県境にも近い。広島県北の庄原ICから山間を縫い、鳥取県の日南町に入ったところで島根県の横田方面に向かう県道15号を走る。しばらく行くと右手に林道があり、「船通山」の標識がある。まぶしい新緑の中に登山道がある。

 駐車場には既に何台かいたが、満車ではなかった。端っこに車を置き、支度にかかる。登山道を10分ほど登ると、「健脚向き」と「一般向き」に分かれる。一般向きを選ぶ。距離はやや長いが、道は整備され歩きやすい。

 山頂が近くなったころ、数人の登山者が下りてきた。「カタクリは咲いてますか」と声をかけた。「咲いてますよ」と返事があった。

 「満開ですか」

 「ええ…、でも今年は少ないみたい、とほかの人が言ってました」

 この山の頂上付近は広い草原状で、あたり一面にカタクリが咲く。この花はひっそりと咲く印象があるが、この季節の船通山の景色は、ほかの山のカタクリのそれとは全く違っている。しかし、今年の船通山は「あたり一面」というには、確かにまばらな印象があった。

 それでもマクロレンズを、花弁に向ける。寂地山と比べて、船通山のカタクリは紫が濃い。日の当たりかたが違うためだろうか。

 一息ついて、周りの山を眺めた。薄い雲があるものの、快晴である。東に目をやると、ひときわ存在感のある山容があった。大山である。頂上から麓にかけ、残雪が筋状に伸びる。船通山の北東、直線距離にして47㌔向こうにある。左には日本海の海岸線があった。この山には、濃い紫の花弁を持つカタクリの花がよく似合う。

 

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カタクリの花Ⅰ

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カタクリの花Ⅱ

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カタクリの花Ⅲ

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カタクリの花Ⅳ

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カタクリの花Ⅴ

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大山遠望

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神話にまつわる剣の碑と大山

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イカリソウ

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ネコノメソウ

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山里の道路脇には八重桜

 


中国山地幻視行~カタクリの花・寂地山 [中国山地幻視行]

中国山地幻視行~カタクリの花・寂地山

 

 毎年、山口県の最高峰・寂地山(1337㍍)のカタクリの花を見に行く。タイミングは5月の連休のころと決めていた。春の訪れの早いか遅いかによって、開花時期に若干のずれがある。昨年は4月30日に登ったが、季節は終わりかけであった。今年は4月24日に向かった。春が来るのが遅めで、桜をはじめ開花が遅れていたので、カタクリはやや早いかとの思いがあった。そのため重い一眼レフを持って行くのがおっくうで、小型カメラ携行になってしまった。

 寂地峡から犬戻しの滝を経て本格的な登山道に取り付く。山道は気温20度を少し下回るぐらい、ひんやりした風が林間を抜けて歩きやすい。空は完璧な青であった。

 あえぎあえぎ登って山頂手前、右谷山への縦走路が左に分岐するあたりが、この山のカタクリの群生地である。見当たらないな、と思っていたら、右谷への縦走路に少し足を踏み入れたあたり、数は少ないが薄紫の小さな花が散見された。一眼レフを持ってこなかったことへの後悔が頭をよぎった。引き返して寂地の山頂に向かうと、頂上の少し手前にも小さな群生があった。しかし、それがすべてだった。やはり、時期としては少し早かったらしい。

 山蔭には残雪が例年より多く、新緑もまだのようだ。どうやら、この山も春の訪れは少し遅れているようだ。


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斜面には残雪

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新緑の季節には少し早い





中国山地幻視行~山は霞のかなた・三倉岳 [中国山地幻視行]

中国山地幻視行~山は霞のかなた・三倉岳

 食後のコーヒーと板チョコをザックから取り出す。「しまった」と内心思う。板チョコはドロドロに溶けていた。気温をチェックすると、20度を少し超したあたり。つい先日まで雪だのなんだのといっていたのに。もう携帯用のクーラーボックスが必要な季節が来たようだ。
 4月19日。登山口では満開のヤマツツジが出迎えた。ほどなく長い石段に取り付く。汗が額を流れる。幸い、風が少しある。頭上で梢が鳴る。風がわたる音に交じって、かすかな人の声がする。どこかの岩壁を登っているらしい。稜線に出たあたり、いくつかのザックが置いてあった。カラビナ、ハーケン、ザイルが取り付けてあった。
 中岳を越えて西岳へ。いつもの岩の上で昼飯にする。そして、冒頭のシーンである。春を通り越して山は初夏に入ったようだ。周囲の山は霞のかなたにあった。

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満開のヤマツツジ

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この石段を何度登ったか

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岩の芸術。中岳から東岳付近を望む

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西岳から、ふもとの栗谷集落を望む

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西方の羅漢山

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東方の大野権現山

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北東の大峰山

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快晴の三倉岳


中国山地幻視行~・思わぬ雪・恐羅漢山 [中国山地幻視行]

中国山地幻視行~・思わぬ雪・恐羅漢山 

 もうすぐ樹林帯を抜けるはずだ。そう思って足元を見ると、カンジキがあらぬ方向を向いている。ベルトが外れたか。雪面に座り込んでカンジキを外す。「!」。ベルトは、外れたのではなく切れていた。
 3月30日、広島・島根県境に位置する恐羅漢山(1346㍍)。スキー場はとっくに営業をやめている。しかし、例年になく雪は多かった。ゲレンデの下部でカンジキをつけ、登り始めた。ゲレンデ最上部へ近づいたころ、人の声がした。3人のスキーヤーが顔を出した。リフトは止まっているが雪はたっぷりある。
 ゲレンデから樹林帯へ入るあたりにロープが張ってあり、「滑走禁止」の看板が下げてあった。登りの足跡はここでUターンしていた。3人はここからスキーを履き、降りたのだろう。ロープから上は、足跡のない雪面だった。踏み入れると、ひざ上まで埋まった。もう3月末である。いつ降った雪であろうか。そういえばここ数日、平野部では雨の日が続いた。そのころ降った雪であろうか。
 ルートを探るのに難儀した。そして深く柔らかい雪である。登りの時間はいつもの倍近くかかったように思う。それでも、見当では9合目近くまで登ったころ、冒頭のカンジキの異変である。どうしようか…。この雪の深さ。片足だけのカンジキで登り切る自信はない。しかし、あと少し。周りの樹林帯には見覚えがある。夏なら頂上まで30分もかからない位置にいると推測された。しかし、今は雪山である。ここまで、2時間以上かかってしまっている。頂上まで、あと1時間はかかるだろう…。しばらく葛藤した末、引き返すことにした。
 下山は自らの踏み跡を忠実にたどった。それでも片足のカンジキでは困難で、ゲレンデまでたどりつくと人心地ついた気がした。

※この山の近辺に住む知人のブログによると、3月27日夜、30~40㌢の雪が降ったという。どうやらこの雪らしい。

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リフトが止まったスキー場に3人のスキーヤーが現れた

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ゲレンデ最上部

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もうすぐ樹林帯を抜けるはずだ

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急斜面が続く

中国山地幻視行~残雪の羅漢山 [中国山地幻視行]

中国山地幻視行~残雪の羅漢山 

 羅漢とは阿羅漢の略で、修行僧を指す。ものの本によると、羅漢山という山には奇岩が並び立ち、遠望するとそれらが修行僧のように見えてこの名がついたとされる。しかし、我々からするとこの山に奇岩のイメージはなく、お椀を逆さにしたような半円形の整然とした山容のイメージが強い。いま「羅漢山」と聞いて、修行僧のイメージを思い起こす人は少ないのではないか。なお、この山の北方には恐羅漢山という広島県の最高峰があるが、この山名の由来も羅漢=修行僧から来ている。
 3月22日、広島・山口県境の羅漢山(1109㍍)に登った。春分を過ぎてなお、残雪を求めての山行である。しかし、期待を裏切って残雪は山頂付近に名残をとどめるのみであった。むしろ羅漢の北、西中国山地の高峰が居並ぶあたりに白い峰々がきらめいていた。
 羅漢の山麓、標高1000㍍付近には牧場やキャンプ場、スキー場が整えられている。そのうちの、キャンプ場近くの駐車場に車を入れた。シーズンではないので貸し切り状態であった。頂上まで標高差150㍍ほどである。ゆっくり行って1時間ほどと見通しを立て、歩き始めた。
 ところが、標識を確かめて山道に踏み込んだにもかかわらず、針葉樹の植林帯の中で迷ってしまった。途中で道が消えたのである。ササや雑草を踏み分け、見当をつけて歩くうち、なんとか道らしきものを見つけられたからよかったが、もし見つからなかったら…と一瞬だが冷や汗ものだった。
 ルートを見つけてしまえば、後は登るばかりである。しばらくして「小羅漢まで0.2㌔」と表示した標識を見つけた。寄ってみると立派な展望台がしつらえてあった。上ると正面に吉和冠から寂地、右谷山へと続く稜線が広がった。
 この山の頂には、不思議なものが二つある。一つは、雨量を測定するためのレーダー塔で、建てたのは国土交通省。レーダーによって半径300㌔の範囲の降雨状況を測定するという。気象衛星の精度が格段に上がった現在、こうしたものが必要なのかは、素人には分からない。もう一つは、「磁石岩」。2億数千年前から8千年前にかけて地殻変動や岩石変成作用によってできた橄欖(かんらん)岩が強い磁力を持つに至ったとされる。なぜそうなったかは、これも素人なので分からない。とりあえずコンパスを近づけたところ、針が一回りしたので、名前に偽りなしと確認した。
 山頂からは、小羅漢と同様に寂地、吉和冠、十方山がよく見えた。ところが、自宅で地図を見ながら確認したところ、羅漢から見て恐羅漢は十方のほぼ真裏に位置することが分かった。では、十方山の西に見える雪山は…。自信はないが、島根県の広見山ではないかとの結論に至った。


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頂上直下の山道

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頂上展望台横にわずかな残雪

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羅漢山頂の標識

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磁石岩。コンパスを近づけると針が揺れる

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雨量計測用のレーダー塔

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中央が十方山。その左(西)は広見山か

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右のとがった頂が吉和冠。左へ寂地山への稜線が延びる


中国山地幻視行~春うらら・大峰山 [中国山地幻視行]

中国山地幻視行~春うらら・大峰山

  「うらら」は「麗」と書く。手元の辞書によれば、空が晴れて、太陽が明るく照っているようす。春の日をいう場合が多い―とある。3月19日、3連休の真ん中のこの日は、この言葉通りの一日だった。
 午前9時ごろ、広島市の近郊、大峰山(1050㍍)のふもとの駐車場に車を入れた。かつては分校のグラウンドであったが廃校となり長く放置されて雑木に覆われた。地元の人たちが整備して、立派な駐車場となった。
 男女一組の先客がいた。身支度を整えていると、続々と人が来る。まず女性のグループ。笑顔であいさつを交わす。続いてマイクロバス。降りてきたのは10人ほど。こちらは一人なので準備が整い次第、出発した。まず、別荘地帯の舗装された急坂を登る。いつもながら、楽しい道ではない。味気ない上に、結構な急斜面だからだ。息が切れてきたころ、カメラの携行を忘れたことに気づき、引き返した。おかげで、先ほどのマイクロバスの一行に追い越されてしまった。
 頂上に着いたころ、団体はもういなかった。どうやら、尾根伝いに行ける西大峰へと踵を返したらしい。女性3、4人のグループは頂上の大岩に陣取っていた。ザックに下げた温度計を見ると、気温20度。大岩の上からは360度の展望が楽しめるのだが、この日は春霞のため、遠くの山々は霞んでしまっていた。いつもはよく見える広島湾も、ベールの向こうである。北へ目を転じると、辛うじて恐羅漢山のスキー場のゲレンデと、その右隣り(北東)の砥石郷山が確認できた。そこからずっと左(西)に目を転じると、吉和冠の特徴ある不等辺三角形の山容も判別できた。その左(西)は広島・山口県境の羅漢山だろう。
 山を下り、車を走らせていると道路脇に季節遅れの白梅が咲いていた。麗らかな春の日に輝いているように見えた。

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北側斜面には残雪

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西大峰への尾根

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広島湾は霞んで見えない

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恐羅漢のゲレンデが見える。その右奥は砥石郷山

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雲一つない青空

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季節遅れ、梅ほころぶ


中国山地幻視行~残雪漫歩・深入山 [中国山地幻視行]

中国山地幻視行~残雪漫歩・深入山 

 懸案の仕事がひと段落した。窓の外はいい天気。久しぶりに出かけてみるか。しかし、このところ山はご無沙汰。間違いなく体はなまっている。どうしようか。思案をするより、出かけてみよう。
 深入山。国道からすぐ入ったあたりまで路面は雪で覆われていた。スノーシューを準備。ところが、最近はいていなかったためか、経年劣化のせいか、ゴムバンドが切れてしまった。急いで予備のカンジキに履き替える。スノーシューも、ずいぶん使ったな、そろそろ替え時か。とりあえず、カンジキをはき、急斜面を登った。
 予想に反して山はまだら模様だった。それもそうだ。もう3月も半ばに近い。それでも気を取り直し、雪のあるところを登る。雪質は硬い。急斜面なのでアイゼンの方がよかったか。途中で替えてみた。こちらの方が食い込みがいいようだ。
 しかし。雪は上に行くほど少なくなり、もうすぐ途切れそうだ。そこで、なぜか気が変わり、あちこち雪上を渡り歩くことにした。頂上を目指すだけが山登りでもないだろう。そんな気分で残雪漫歩の一日に。たまには、こんなのもありかな。


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あれ、雪がない

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スキー場のゲレンデがあるのは、広島県の最高峰・恐羅漢山

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この先は雪がなさそう…

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近くの丘には、何かのシュプールが一本


中国山地幻視行~思わぬ雪と氷・三倉岳(2月13日) [中国山地幻視行]

中国山地幻視行~思わぬ雪と氷・三倉岳(2月13日)

 9合目を過ぎて、中岳に向かう。途端に雪が多くなる。この辺りは鞍部で風が通りやすい。山間部に雪を降らせた風が、ここまでくるのだろう。比較的乾いた雪で、足元でキュッと鳴る。靴底の溝に詰まって、滑る感覚がある。アイゼンを持ってくればよかった、と思うがもう遅い。そのうち、狭い溝状の山道になる。
 なんとか登り切って、中岳から夕陽岳への長い溝状のルートに向かう。ここは一日中日当たりが悪い。雪があると苦労するなあ、と思っていたが、思いのほか雪はなかった。しかし、つかもうとした木の根っこはいずれも太いツララが下がっていた。
 手袋を雪山用に変えて、登る。足元の岩はうっすら氷が張り、よく滑る。バランスを取りながら注意深く体をずりあげていく。ここには長い鉄の鎖が張ってあるが、凍り付いてほとんど役に立たない。
 なんとか登り切って息を整える。やや雪が深くなった道を行く。頂上からは羅漢山がよく見えた。広島、山口県境に近いあたり、レーダー塔の立つ半円形の山容は白く雪をかぶっていた。

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予想しなかった雪が現れた

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行く手には巨大なツララ。左手に鎖が見えるが、凍り付いて役に立たない


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こんなのを見るとホッとする


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広島・山口県境にある羅漢山。雪をかぶっている

中国山地幻視行~快晴の宮島・弥山 [中国山地幻視行]

中国山地幻視行~快晴の宮島・弥山

  いつのころからか、初登山は宮島・弥山と決めている。1月6日、その弥山に登った。例年のことだが、年々急坂が身にこたえるようになった。いつの間にか大聖院からではなく、もみじ谷からの登山道に取り付くようになった。コース全体としてはそれほど差はないのだが、取り付き部分が、もみじ谷の方が緩い。知らず知らず、なるべく緩くて楽な方を、という選択をし始めているわが身が情けなくもある。
 ということで、新年早々にしては勢いに欠ける書き出しになってしまったが、年を考えればやむを得ないところか。しかし、空はあくまで青く、海はあくまで平穏で碧かった。この空と海の色の記憶を、今年1年のエネルギーにしよう。

  みなさん新年おめでとうございます。今年もお付き合いよろしくお願いします。


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厳島神社の大舞台

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弥山の山頂から。右端は展望台の屋根部分

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駒ヶ林。毛利と陶の戦いで、陶の軍勢100騎が3日間立てこもったといわれる

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広島湾。最近は外国人観光客にこの風景が人気なのだそうだ

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消えずの霊火堂。1200年燃え続ける火があるという

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下山途中、神社と桟橋を眺める


タグ:宮島 弥山

中国山地幻視行~今年初の雪山・窓が山 [中国山地幻視行]

中国山地幻視行~今年初の雪山・窓が山

  所用があって広島高速を走っていたら、中国山地が白くなっているのが目に入った。そういえば、天気予報は山間部に雪が降るだろうといっていた。思いかえせば1カ月以上も山はご無沙汰である。行ってみるか。…翌日、車を山間部に走らせた。

 雪の山といってすぐ頭に思い浮かぶのが、窓が山(711㍍、佐伯区五日市町)である。なぜだか分からない。市街地から近く手っ取り早いこと、独立峰なので雪が積もりやすいことなど考えられるが、確たる根拠はない。条件反射のようなものである。

 最後の岩を越えると、「山頂まで50㍍」と書いた標識がある。ここからは、登りはない。尾根伝いの道はうっすらと雪に覆われていた。ふみ跡はない。どうやら、積雪の後、登ったものはいないようだ。 西峰の大岩から眺める広島湾は、時折り厚い雲の隙間から差す光を受けて鈍く光っていた。そこから少し下ると、中空に突き出した大岩がある。いつもここを最終の目的地にしている。岩の先は白く雪に覆われていて、その先に市街地と厳島、広島湾が望めた。

 西峰の頂上へと折り返し、下りにかかる。ここで若い男女と単独行の男性に会った。この山で初めての「ヒト」である。あとは、まっすぐ急な下りを下った。雪をかぶっているので、やや時間がかかった。

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「頂上まで50㍍」の標識。雪の上にふみ跡はない

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西峰の頂上から

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西峰直下の大岩から。広島湾が鈍く光る


中国山地幻視行~黄葉の深き森・天上山 [中国山地幻視行]

中国山地幻視行~黄葉の深き森・天上山


 前回、うっかり「最後の紅葉」とタイトルをつけてしまった。もう見納めと思ったからだ。しかし、見納めではなかった。

 天上山(972㍍)に登った。巨木が連なる深い森がある。かつて郡部だったが、市町村合併で広島市の一部になった。なんとも落ち着かない。中国山地の懐に抱かれた山域、といったほうがしっくりくる。

 「竜頭の滝」方面から登った。山頂まで2時間余りである。渓谷に沿った道は険しく、ところどころではしごやアルミの橋が頼りになった。「紅葉」というより「黄葉」である。ブナ、トチ、そのほか落葉樹の巨木を眺め、変化に富む山道だった。

 山頂はほとんど眺望がなかった。わずかに北に向かって広島県の最高峰・恐羅漢が望めた。目を凝らせば、山頂付近のスキー場のゲレンデが確認できた。山深く、晩秋の気配が漂っていた。(1110日)

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黄葉の森Ⅰ

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黄葉の森Ⅱ

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黄葉の森Ⅲ

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トチの巨木


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古びた鉄橋が風情を醸す

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山頂には立派な標識が立っていた

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恐羅漢のゲレンデが望めた



中国山地幻視行~最後の紅葉・大峰山 [中国山地幻視行]

中国山地幻視行~最後の紅葉・大峰山


 

 大峰山の山頂直下、ブナ林の陰で一休みしていると葉がざわっと揺れた。風ではない。雨である。予報では、夕刻から降るとなっていたが、少し早まったようだ。山の天気はわからない。先を急ぐ。八畳岩に着いたころ、本降りになった。

 期待していなかったが、紅葉(黄葉)は盛りであった。晴れていれば透明感を増していたに違いない。残念なことだった。それでも、はるかに見える西大峰は、晩秋の色に染まっていた。そぼ降る雨の中で眺めた。(118日)



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大峰山の山頂から。右後方が西大峰

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広島市方面を望む


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 登山口がある玖島方面を望む




中国山地幻視行~紅葉の比婆連山 [中国山地幻視行]

中国山地幻視行~紅葉の比婆連山

 

 息を切らして池の段の登りを登り切った。冷気と湿度を含んだ風がほほをなでた。思わず後ろを振り返った。紅葉の比婆山にガスがかかり始めていた。比婆山の山頂付近は雨かもしれない。

 牛曳山はここ2、3年、紅葉の時期に登っている。今年は比婆山にするか。六ノ原の事務所で、念のため聞いてみた。比婆山は100%、牛曳は60%ぐらい、と返事があった。やはり比婆山に、と決めて歩き出した。

 誤算があった。比婆山の紅葉はあくまで遠望で楽しむもので、中を歩いて楽しむものではなかった。だから、出雲峠から池の段まで、ほとんど何の楽しみもなかった。その分、池の段と立烏帽子の紅葉は見事であった。しかし、冒頭に書いたように低い雲が山頂に迫っていた。日差しに輝く紅葉は見られなかった。それが心残りであった。

 

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烏帽子岩から見た比婆山

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池の段(手前)と立烏帽子

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紅葉の立烏帽子

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池の段



中国山地幻視行~瀬戸の絶景と四国山地・七国見山 [中国山地幻視行]

中国山地幻視行~瀬戸の絶景と四国山地・七国見山



 瀬戸内海のほぼ中央、広島県・上蒲刈島の七国見山(457㍍)に登った。正確に言えば中国山地ではないのだが、ここでは便宜上「中国山地幻視行」の一編とさせていただく。

 なんだ、500㍍もない山か、と思われそうだが、登山口は海抜ゼロ㍍にあり、正味登らないといけない。そのうえ、島の山にはよくあることだが、ほぼ初めから終わりまで急登である。山道は階段状に作られていたが、かなり荒れて崩壊状態だった。近年、登る人もいないらしい。

 それでも時々振り返ればベタなぎの瀬戸内海と、その上にそびえる四国山地の眺望が楽しい。雲上に連なる高峰は石鎚、笹ヶ峰、東赤石山であろう。いくつかとがったピークが見える。どれが石鎚であろうか…。

 1時間ほど登ると、林間の稜線歩きになった。緩やかなアップダウンを繰り返すと、目の前に木造の展望台が現れた。山道の両側は雑木林で眺望がきかないため、つくられたようだ。見ると、四国側は伐採されている。あらためてじっくりと四国山地を眺める。はるか下には海岸沿いに造船所らしきもの。位置からすると来島どつくであろう。

 帰途は別ルートを下った。途中から標高100200㍍の、島を巻く舗装道の長いロードになった。見れば雑草が生い茂り、ところどころ舗装も剥げて使われている痕跡がない。山頂付近にあった案内板によると、かつては入り組んだ海岸線に道路を通す技術がなく、そのうえ海賊の襲来を恐れた島民が住居や田畑を島の中腹に作ったため、このような鉢巻き状の道が作られたが、今は海岸沿いの道がメーンになったため利用されなくなったようだ。

 山名の由来は、安芸、備後、備中、伊予、讃岐、周防、豊後の七つの国が見えるというところから来ている。

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典型的な瀬戸内海の風景Ⅰ

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典型的な瀬戸内海の風景Ⅱ


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雲上にそびえる四国山地。海岸線にあるのは来島どつくであろう


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多島美と四国山地




中国山地幻視行~黄金と青の競演・三倉岳 [中国山地幻視行]

中国山地幻視行~黄金と青の競演・三倉岳



 1010日、最近になく空は晴れた。おまけに今日は「体育の日」。三倉岳にとりつくと、結構な数の人たちが追い越していった。汗をぬぐい、やり過ごした。若い人が多い。しかし、頂上へ向かう人はほとんどいない。山道の左右に点在する思い思いの岩場に取り付いたようだ。かくして、あくせく登る我が頭上で、セミの声ならぬ人の声が飛び交う。

 山頂から見下ろすと、黄金に揺れる稲田が目に入る。風は冷たい。青空に薄く伸びる雲が秋らしい。

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夕陽岳の頂から

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秋の雲

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紅葉

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実りの秋

中国山地幻視行~秋はいつ来る・吉和冠 [中国山地幻視行]

中国山地幻視行~秋はいつ来る・吉和冠


 この山は広い裾野と、三角形にとがった山頂付近で成り立っている。その頂上直下にたどり着いたとき、頭上から声がした。目を上げると、人が立っていた。一人ではない、数人だ。と思ったらその数は10人以上に増えた。山頂から降りてきたグループに違いない。道をよけてくれ「どうぞ」という。「いや、ここで休みますので」と答えて、脇に腰かけた。クマよけに、と思って鳴らしていたラジオから春日八郎の「お富さん」が流れてきた。「粋な黒塀、見越しの松に…」。降りてきたグループの一人が「あら、懐かしい」。どうやら、同じ年恰好らしい。ラジオではMCらしき人が懐かしんで、子供のころ意味も分からず歌っていた、と話したが、その通りだった。そのうち誰かが「一人ですか」と聞くので「そうです」と答えたら、この山で人に会ったのは初めて、という。アマゾンあたりのジャングルでもあるまいし、と思ったが、こちらも同じであった。

 10月2日、日曜日。久しぶりに雨なし予報。そこで、この山に取り付いたが、晴れているとはいえ湿度が高い。汗が噴き出す。これでは雨に降られているのと変わりない、と思いつつ、人気のない道を登った。日曜というのに頂上直下まで孤独な旅だった。このところの雨続きで、沢は水量を増しごうごうと音を立てていた。クマよけの鈴だけでは心もとなく、ラジオもボリュームいっぱいにあげた。途中、腐った倒木に無数のひっかいた跡があったが、クマの仕業ではないか。腐木に潜む虫でも狙ったか。

 山頂から眺める山並みは白いベールの向こうだった。日の当たるあたりがかすかに浮き上がった。不思議な光景だったが、爽快ではなかった。気温24度。それなりに風は冷たいが汗は止まらない。天高く爽快な秋はいつ来る。


 

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杉林の道は雨上がりのようだった

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沢はごうごうと流れていた

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かじったのはクマか

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山頂付近から。かすむ山並み

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山頂も、もやっていた




中国山地幻視行~久々の山・恐羅漢 [中国山地幻視行]

中国山地幻視行~久々の山・恐羅漢


 気がつけば立山・大日岳以来、1カ月以上も山から足が遠のいていた。サボっていたわけではない。所用がたてこみ、夏は暑く、9月になれば雨続きの天候でこうなってしまった。9月23日は、久々に中国山地が晴れたので恐羅漢を目指すこととした。
 久しぶりの晴れ間というのに、恐羅漢スキー場の駐車場に車はなかった。花の咲いていないゲレンデをひとりいく。こうなると、怖いのはクマである。ザックに鈴をつけ、ラジオのボリュームを上げて登る。
 もう一つ怖いのはマムシである。クマには幸い出会わなかったが、マムシは登り2回、下り2回の計4回出くわした。とぐろを巻き鎌首を持ち上げた状態ではなく、いずれも草むらに潜り込むところであったが、丸々としたのばかりで気持ちのいいものではなかった。
 山頂は予想通り人気(ひとけ)はなかった。雲が低く、風は冷たかった。やっぱり秋だな、と思ったとたんに雲間から日が差した。とたんに後頭部を熱気がおおった。まだ夏はどこかに残っているようだ。
 この山はクマ銀座としても知られる。その辺からのそっと顔を出しそうでもあり、長居は無用と記念写真を撮ったのち下山の準備を急いだ。写真を撮り終えたころ、下から5、6人のグループが登ってきた。「十方山はどちらかね」と聞かれたので、雑木が邪魔になって見えないはず、と答えた。この山からは、臥龍、深入山の方向はよく見えるのだが、十方、吉和冠の方向は展望がきかないはずだ。
 山道にほとんど花はなかったが、山頂付近に紫の小さな花だけが咲いていた。エンゴサクの一種かと思うが、開花期が違っている(エンゴサクは初夏)。マムシが出るのは700800㍍あたりと思っていたが、この日出会ったのがいずれも標高1000㍍以上であったのには驚いた。下りは夏焼峠へと向かおうと思ったが、ゲレンデを逸脱するスキーヤー向けの「滑走禁止」の無粋な看板に心を折られ、来た道をたどった。


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西中国山地。雲が低い

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恐羅漢の山頂

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エンゴサクは秋には咲かないはずだが…

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山道を遮る無粋な看板 


 


中国山地幻視行~深入山・花盛りの山 [中国山地幻視行]


中国山地幻視行~深入山・花盛りの山


 7月29日、深入山に登った。登山口で気温を計ったら、34度である。さすがにこんな日はだれもが敬遠するらしく、駐車場に車は1台もなかった。つまり、登る人などいないと推測された。
 しかし、山道に足を踏み出すと、予想しなかった風景が出現した。まず、キキョウの競演である。道の両側には、紫の花が並んで待っていた。しかし、この暑さ。しばらくして汗が止めどなくふきだす。我慢してしばらく歩くと、今度はナデシコの競演である。高度によって棲み分けているとみえ、キキョウとの共生地域を経てナデシコばかりが目立つようになった。標高1000㍍を超したあたりからは、ギボウシが野の主役となった。ただ、半分枯れているものがほとんどで、写真にはとらなかった。
 予想通り、山頂にはだれもいなかった。しかし、この花盛りの山、もったいない。周辺の草むらに目を凝らすと、ヤマジノホトトギス。さすがに標高1153㍍の山頂に立てば、風はひんやりと心地よい。

 下りは別コースを、と思い、あずまやのある方へ下った。驚いたことに、早くもマツムシソウが薄紫の花を咲かせていた。現認したのは2輪。秋口の花だと思っていたので、常識を覆された(念のため、植物図鑑を調べたところ開花期は8~10月とある。知らなかっただけで不思議ではないらしい)。

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登山口。緑が濃い

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キキョウとナデシコが共生する野の向こうに山頂が見える

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山頂から中国山地を望む。眼下の湖は聖湖

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山頂の標識。雲が出てきた

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ナデシコ越しに中国山地が広がる

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キキョウ

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キキョウ

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ナデシコ

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ナデシコ

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マツムシソウ

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ヤマジノホトトギス

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ツリガネニンジン

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アザミ




中国山地幻視行~のろしは上がった・鬼が城山 [中国山地幻視行]

中国山地幻視行~のろしは上がった・鬼が城山


 鈴が峰から鬼が城へ。我が家の裏山ともいうべき山だが、片道1時間余りの行程である。登りと下りが半々。したがって行きも帰りも所要時間は変わらない。
 鬼が城の山頂手前にある八畳岩でコーヒーを飲んでいると、幟を手にした女性が上がってきた。何人かの連れがいるらしい。声を掛け合いながら鬼が城の山頂へと向かっていった。
 さて、とこちらも腰を上げ、鬼が城山頂へと向かった。何やら騒がしい。全員で何か唱和しているふうでもある。先ほどの幟が頭をよぎった。新興宗教か。やめておこうかな。でもここまできて引き返すのもなんだし。で、頂上だけ踏んで帰ることにした。
 10人はいただろうか。全員、オレンジの法被を着ている。その中の一人から声をかけられた。今度、遠征に同行する予定のUさんである。そういえば、この山のふもとの団地に住んでいる。

 のろしを上げるイベントなのだそうだ。もちろん、宗教とは何の関係もない。瀬戸内周辺の自治体を中心に北海道から九州まで全国90以上の自治体とパラオなど海外の国もいくつか加えて同時にのろしを上げ、友情の輪を広げあうという。説明されてもよくわからなかったが、そういう趣旨のものらしい。無事にのろしを上げた後、全員で集合写真を撮る際には「どうぞどうぞ」といわれ、行きずりの山行者として入れてもらった。後で「この人誰?」といわれてしまうだろう。

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のろしは上がった。瀬戸内海の島々にも見えるだろうか

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正面の島は厳島

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広島市の南部

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鬼が城のふもとに開けた団地


中国山地幻視行~三倉岳・湿度との闘い [中国山地幻視行]

中国山地幻視行~三倉岳・湿度との闘い


 久しぶりに遠征を構えているので、きょう(7月10日)はトレーニングである。予報では晴れだったが、雲が厚く垂れ下がっている。前日までの雨で湿度が高い。風はない。日曜日なのに人もいない。そんな中をひたすら登る。中岳までやっとこさ登り、一息ついていると下から声がした。そのうち、若い男女二人連れが岩の間から顔を見せた。この山で初めての「ヒト」である。楽しそうに大岩を一回りし、降りていった。

 西岳にも人はいなかった。こんなに蒸し暑くてはね、と自分を納得させ、山を後にした。

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中岳の大岩越しに栗谷の集落が見える

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雲が下がってきた

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西岳から見た栗谷

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登山口起点にあるロッジ。この日はもう一つ下の駐車場から登った

中国山地幻視行~玉峰山・頂に巨大な標識 [中国山地幻視行]

中国山地幻視行~玉峰山・頂に巨大な標識


 松本清張は、世に出るきっかけとなった「或る『小倉日記』伝」の印象が強烈で北九州の生まれと思われがちだが、近年、本人の証言もあって広島駅近くで生まれたらしいことが定説になりつつある。父親は鳥取県日南町の生まれで、同町には文学碑も建つ。清張の代表作ともいえる「砂の器」は島根県亀嵩町が重要な舞台になっているが、清張自身がこうして中国地方と深い縁にあることも、まんざら無関係ではないだろう。

 広島から北へ150㌔、奥出雲町亀嵩にある玉峰山(820㍍)に登った。7月5日、予報では今夏最高気温と出ていたが、前日までの雨もあって山道の蒸し暑さは尋常ではなかった。おまけに石畳がよく滑る。それでもなんとか、汗だくのよれよれになりながら、山頂にたどりついた。周囲は湿気でけぶっており、眺望はなかった。山頂はやや広くなっており、800㍍の山にしては不釣り合いと思える巨大な標識がそびえていた。

 下りは周遊ルートを取り、巨岩、奇岩の連なる風景を楽しむ…はずだったが、なにせ暑さでそんな余裕はなかった。

 なお、映画「砂の器」にも出てくる亀嵩駅は今も古びた味わいを漂わせ、奥出雲の手打ちそばが味わえるはずだったが、訪れた日は定休日の火曜日だったため望みは果たせなかった。

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亀嵩駅。そばは定休日で食べられなかった

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懐かしいたたずまい

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登山口からすぐ、小さな滝が現れる

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山頂には巨大な標識が

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右端のルートを登り、真ん中のルートを下った

中国山地幻視行~比婆連山・ササユリの道 [中国山地幻視行]

         中国山地幻視行~比婆連山・ササユリの道

 6月26日、梅雨の晴れ間、久しぶりに比婆連山を巡った。気温22度。蒸し暑さを予想したが、風はむしろひんやりしていた。順調に烏帽子岩山を越え、比婆山にかかる。山頂には比婆御陵があり、イザナミが葬られた地とされる。烏帽子岩とは反対側の竜王山からこの地をめざすと、樹齢千年ともいわれるイチイの巨木が門柱のようにたたずみ、門栂と呼ばれている。周辺まで来たとき、ロープが張られているのに気が付いた。あらためて巨木を見ると、下半分が無残に枯れかかっている。樹齢千年の命脈が尽きようとしている。なんとか再生を、と願うばかりだ。立ち入り禁止ゾーンは、山行者に踏まれぬよう、少しでも根への負担を減らそうとの配慮であろう。

 緑濃い池の段から下りはじめたとき、紫の小さな花が目に入った。ウツボグサである。ただ一輪、風に揺れていた。立烏帽子を越えて長い下りにかかる。だらだらと尾根道を下っていると、大振りのササユリがこれでもか、というほど咲き誇っていた。もう6月の末、そろそろシーズンも終わりと思われるが、花弁はなおみずみずしかった。

 日曜日だったが、思ったほど人は多くはなかった。そのせいか、思うままに花に見とれて六の原に帰り着いたころには夕暮れが迫っていた。

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イチイの古木は枯れかけていた

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正面右が比婆山、左が吾妻山。池の段から

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緑濃い池の段

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大ぶりのササユリ

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ササユリ咲く山道

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ウツボグサ

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コアジサイ

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アザミと蝶。夏らしい

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ヤマトラノオ



 

中国山地幻視行~空は青く・吉和冠 [中国山地幻視行]

中国山地幻視行~空は青く・吉和冠


 ぶらぶらと山道を下っていると、オートバイで乗り付けた男性と出会った。「ここから山頂までどのくらい?」と聞かれ、「まあ、1時間か1時間半ぐらい」と答えた。以前に書いたことがあるが、この山の潮原温泉からの登山道は、入り口から30分ほど登ったところで立派な? 林道が横切る形になっている。まったく無粋な話だが、せっかくの山歩きが、突然オートバイや車の利用者と出会う形になってしまう。

 この山の頂付近には、数は少ないがイワカガミがひっそりと咲く。今年はどの山も花の咲くのが早いから、と思って早めに訪れた。しかし、少し早すぎたようで、目当ての花は一輪だけ、それもやっと咲きはじめ、といったタイミングであった。登山口付近の森には小さな紫の花が咲き乱れていたが、ラショウモンカズラであろう。こちらは、開花期は6月ごろのはずだから、少し早いのかもしれない。

 早いとか遅いとか、花には迷惑の話であろう。そんなものはどこ吹く風、と新緑は鮮やかさを増していた。

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足元にはラショウモンカズラがあちこちに咲いていた

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イワカガミはまだだった

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と思ったら、別のところでは咲き始めていた


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雲一つなく

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恐羅漢㊧と十方山。真ん中遠方は臥龍山

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山頂から見晴らしはきかない


中国山地幻視行~毛無山・やっぱりカタクリは遅かった [中国山地幻視行]

中国山地幻視行~毛無山・やっぱりカタクリは遅かった


 広島から車を走らせて200㌔余り、鳥取・岡山県境の毛無山(1218㍍)へ向かった。カタクリの群生で知られる。以前登った際は、大振りで色の濃い花が印象的だった。それをもう一度見たくて、5月2日に遠征した。

 けなしがせん、と読む。同名の山は広島県内にもいくつかあるが、いずれもけなしやま、と読む。鳥取、兵庫、岡山の北部には、大山(だいせん)、氷ノ山(ひょうのせん)のように「山」をせんと読む呼び方が多くみられる。朝鮮半島の文化の影響ではないかと思う。

 さて、登山口のある新庄村役場に寄り、カタクリの咲き具合を聞いた。やはり、盛期を過ぎているようだった。今日あたりで間に合うかどうか…という役場職員の話しぶりであった。

 この山は、ブナ林の美しさでも知られる。以前に登ったのが10年以上も前で、その時より樹は大きさを増していた。雲一つない青空に新緑がよく似合った。しかし、10年の歳月はなかなか残酷である。以前は何とも思わなかった急登が身にこたえた。休み休み、あえぎあえぎの歩みであった。

 最後の急登を越えると、目に大きな山塊が飛び込んだ。大山である。こんなに近かったとは。あらためて記憶の不確かさを思う。その右手には蒜山のアップダウンが続き、左手には長い稜線が日本海へと落ち込むさまが見て取れる。

 高い標識の立つ毛無山頂上から白馬山方面へ緩やかな稜線が延びる。カタクリはその一帯に咲いているはずであった。しかし、やはり少し遅かったらしい。わずかに残ったものは花弁が傷つき、しおれていた。その中で、けなげに咲く数輪を見つけ、カメラに収めた。色の濃さはかつてと同じであった。

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毛無山の頂上直下から登山口方面を望む

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大山。ほぼ南から眺めたら、こんな形になる

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カタクリの花。わずかに残っていた

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カタクリの花

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白馬山への稜線から見た毛無山の頂上


中国山地幻視行~カタクリは遅かった・寂地山 [中国山地幻視行]

中国山地幻視行~カタクリは遅かった・寂地山


 4月30日、時間を見つけて山口県境の寂地山へ向かった。今の季節、目当てはカタクリの花である。例年であればちょうどよいころだが、今年はどこも花の開くのが早く、裏切られ続けてきた。
 連休の始まりである。駐車場はいっぱいで、その分登山者も多い。なんとか、犬戻の滝の遊歩道入口に車を突っ込み、支度を整える。そのうち、団体の登山者。遊歩道の石段を登り、林道を歩くこと1時間で、本格的な山道に入る。急登だが、新緑のブナ林が鮮やかで苦にはならない。登山道入り口から1時間ほどで、山頂下の草原地帯に出た。例年ならここにカタクリが一面、薄紫の花を咲かせているはずだが…。
 数少ない花が残っていた。しかし、花弁のほとんどが、おそらく風雨のせいであろう傷ついていた。居合わせた人も、少し遅かったねえ、と残念そうだった。ある人は、山のガイドには連休中がいいと書いてあったのに、と悔しさを隠しきれない口ぶりだった。懸念した通り、やはりもう1週間早く来るべきだったのだ。
 気を取り直して山頂へ向かい、吉和冠への縦走路に踏み出した。あるいは、というわずかな期待を込めて。そこには、数こそ少ないが元気そうなカタクリが咲いていた。ここにアップしたのは、ほとんどがそこで撮影したものである。
 下山を急ぐ途中、目の端にピンク色のものが飛び込んだ。目を凝らして探すと、それは予想もしなかったイワカガミであった。一輪だけひっそりと咲いていた。

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ひっそり咲いていたイワカガミ

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寂地の山頂は、稜線のピークの向こう側になるはずだ


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