So-net無料ブログ作成

中国山地幻視行~深入山・花盛りの山 [中国山地幻視行]


中国山地幻視行~深入山・花盛りの山


 7月29日、深入山に登った。登山口で気温を計ったら、34度である。さすがにこんな日はだれもが敬遠するらしく、駐車場に車は1台もなかった。つまり、登る人などいないと推測された。
 しかし、山道に足を踏み出すと、予想しなかった風景が出現した。まず、キキョウの競演である。道の両側には、紫の花が並んで待っていた。しかし、この暑さ。しばらくして汗が止めどなくふきだす。我慢してしばらく歩くと、今度はナデシコの競演である。高度によって棲み分けているとみえ、キキョウとの共生地域を経てナデシコばかりが目立つようになった。標高1000㍍を超したあたりからは、ギボウシが野の主役となった。ただ、半分枯れているものがほとんどで、写真にはとらなかった。
 予想通り、山頂にはだれもいなかった。しかし、この花盛りの山、もったいない。周辺の草むらに目を凝らすと、ヤマジノホトトギス。さすがに標高1153㍍の山頂に立てば、風はひんやりと心地よい。

 下りは別コースを、と思い、あずまやのある方へ下った。驚いたことに、早くもマツムシソウが薄紫の花を咲かせていた。現認したのは2輪。秋口の花だと思っていたので、常識を覆された(念のため、植物図鑑を調べたところ開花期は8~10月とある。知らなかっただけで不思議ではないらしい)。

IMG_1350のコピー.jpg
登山口。緑が濃い

IMG_1392のコピー.jpg
キキョウとナデシコが共生する野の向こうに山頂が見える

IMG_1439のコピー.jpg
山頂から中国山地を望む。眼下の湖は聖湖

IMG_1444のコピー.jpg
山頂の標識。雲が出てきた

IMG_1448のコピー.jpg
ナデシコ越しに中国山地が広がる

IMG_1383のコピー.jpg
キキョウ

IMG_1411のコピー.jpg
キキョウ

IMG_1403のコピー.jpg
ナデシコ

IMG_1475のコピー.jpg
ナデシコ

IMG_1454のコピー.jpg
マツムシソウ

IMG_1430のコピー.jpg
ヤマジノホトトギス

IMG_1451のコピー.jpg
ツリガネニンジン

IMG_1452のコピー.jpg
アザミ




北アルプス幻視行~立山・大日岳縦走(4)=完 [北アルプス幻視行]

北アルプス幻視行~立山・大日岳縦走(4)=完

≪続・出会った花々≫


IMG_2781のコピー.jpg

ツマトリソウ

IMG_2784のコピー.jpg

ヨツバノシオガマ

IMG_2787のコピー.jpg

ウラジロタデ

IMG_2797のコピー.jpg

キヌガサソウ

IMG_2802のコピー.jpg

ハクサンチドリ

IMG_2806のコピー.jpg

クルマユリ

IMG_2815のコピー.jpg

 ハクサンシャクナゲ

IMG_2850のコピー.jpg

ニッコウキスゲ

IMG_2852のコピー.jpg

ニッコウキスゲの群生

IMG_2854のコピー.jpg

ナナカマド

IMG_2870のコピー.jpg

ギボウシ

IMG_2872のコピー.jpg

クガイソウ

IMG_2876のコピー.jpg
 シモツケソウ

北アルプス幻視行~立山・大日岳縦走(3) [北アルプス幻視行]

北アルプス幻視行~立山・大日岳縦走(3)



≪出会った花々≫


IMG_2563のコピー.jpg
シナノキンバイ

IMG_2619のコピー.jpg
イワギキョウ



IMG_2621のコピー.jpg
ミヤマクワガタ

IMG_2698のコピー.jpg
ツガザクラ

IMG_2703のコピー.jpg
イワカガミ

IMG_2705のコピー.jpg
イワカガミとチングルマ

IMG_2712のコピー.jpg

 ハクサンイチゲ




IMG_2716のコピー.jpg
イワイチョウ

IMG_2745のコピー.jpg
 タテヤマリンドウ

IMG_2749のコピー.jpg
モミジカラマツ

IMG_2755のコピー.jpg
 ハクサンフウロ

IMG_2779のコピー.jpg
ゴゼンタチバナ


北アルプス幻視行~立山・大日岳縦走(2) [北アルプス幻視行]

北アルプス幻視行~立山・大日岳縦走(2)


72122日≫
 剣御前小屋から新室堂乗越をへて奥大日岳へと向かう。今日の最終目的地は大日小屋である。なだらかな稜線を、花をめでながらルンルンで歩く…と思っていた。
 この稜線の最高地点である奥大日岳までは、ほぼ予想通りであった。しかし、その先は険相の山道が続いた。鉄梯子を伝う急降下あり、絶壁上部のトラバースあり…。それでも、大きなピークを二つ越えれば、大日小屋の屋根が見え始めた。日が落ちれば、ランプの灯りが頼りという小さな小屋である。剣岳をシルエットにした朝焼けがきれいであった。はるかに白馬岳、五竜岳も確認できた。
 最終日は大日小屋から4時間半、称名滝へと降下するばかりである。途中、大日平の草原地帯で一息つけたほかは、気が抜けない岩の道が続いた。

IMG_2725のコピー.jpg

新室堂乗越から奥大日岳を望む。この辺りはなだらかな山道だ

IMG_2760のコピー.jpg
ライチョウが山道をふさいでいた

IMG_2766のコピー.jpg
困ったな、と思っていると、4羽の子連れであることが判明。そっと脇を抜けた

IMG_0036のコピー.jpg
奥大日岳手前から、剣がよく見えた

IMG_2777のコピー.jpg
奥大日から大日岳へのルートを望む。この辺りから道は険悪になる

IMG_2823のコピー.jpg
大日小屋から、朝焼けに浮かぶ剣岳のシルエット

IMG_2840のコピー.jpg
朝日を浴びる大日岳

IMG_2857のコピー.jpg
大日平に降りたころ、大日岳はガスに包まれた

IMG_2879のコピー.jpg
称名滝。弥陀ヶ原からの落差350㍍は日本一である

北アルプス幻視行~立山・大日岳縦走(1) [北アルプス幻視行]

北アルプス幻視行~立山・大日岳縦走(1)


 

71920日≫

 九州・中四国・近畿・東海で梅雨明け宣言が出た翌日、信濃大町から扇沢をへて黒部アルペンルートを使い室堂に入った。立山と大日岳を縦走するためである。

 もう20年はたつはずだ。富山から室堂に入り五色原、スゴ乗越をへて薬師岳から三俣、双六を縦走したことがある。最後は西鎌から槍へと思ったが台風の急接近で新穂高に駆け下りた。しかし、もうそんなことはできない。年相応のルート選択となった。

 梅雨明け宣言が出たばかりとあって、快晴のもと室堂山荘を出た。一の越の小屋からは表銀座、裏銀座、槍穂高、笠岳、黒部五郎、薬師が望めた。空はあくまで青い。ここには何度か訪れたが、これほどの眺望は記憶にない。

 さて、と雄山への登山路に踏み出したが、足が前に出ない。あえぎながら岩稜を登り切れば1時間はとうに過ぎていた。日頃の鍛錬不足が身に染みる。一息ついて山頂の神社を訪れた。神主さんが待ち構えていた。

 大汝山までは、岩稜だが急登はない。山頂の大岩に取り付いて振り返れば、槍穂高から薬師岳までの稜線が一段とよく見えた。目を転じれば真砂岳、内蔵助カール越しに別山と剣岳。立山の最後のピーク富士ノ折立から急斜面を下りれば、雪渓と砂地のなだらかな稜線が続く。このころになると、あたりをガスが包み始めた。この先は別山の頂からの剣岳が目当てである。焦り半分、別山への最後の登りに取り付いた。

 山頂には小さな祠があった。薬師岳にもこうした祠があったと記憶する。実際の山頂はここから10分ほど北東へ移動したあたり。地図で見ると、標高が6㍍ほど違っていた。頂に着いたころ、剣岳はガスに包まれていた。ガスが切れるのを待ち、山頂付近がわずかに姿を現したところを狙ってシャッターを切った。

 さらに30分ほど歩いて剣御前小屋。本日の宿泊地である。美しい夕日に見とれた。


 
IMG_2577のコピー.jpg。左から槍・穂高、野口五郎岳へ続く裏銀座、笠が岳、黒部五郎岳、薬師岳(一の越から)


IMG_2580のコピー.jpg

中央付近に富士山、右は南アルプス、左は八が岳

 

IMG_2585のコピー.jpg

右が鹿島槍、その左が五竜岳。手前の稜線のすぐ右に白馬が見える


IMG_2588のコピー.jpg

右端が薬師岳。左へ黒部五郎、笠が岳。槍・穂高は雲がかかっている

IMG_2601のコピー.jpg

真砂岳への稜線と剣岳

IMG_2628のコピー.jpg

真砂岳へ

IMG_2633のコピー.jpg

剣を包むガスが一瞬切れた

IMG_2666のコピー.jpg

剣御前から、剣岳を望む

IMG_2667のコピー.jpg

剣御前から、沈む夕日を望む


巨大な壁を舞台に人間ドラマ [山の図書館・映画館]

巨大な壁を舞台に人間ドラマ


「大岩壁」(笹本稜平著)

大岩壁.jpg

 ナンガ・パルバット。パキスタン北部にあり、日本語では「裸の山」。標高8125㍍のうち、谷底から山頂まで標高差5200㍍のほとんどは垂直に近い岩壁で、吹き付ける強風のためほとんど雪がつかないという。山頂を目指した登山家のうち5人に1人が死亡するという危険な山で「人食い山」とも呼ばれる。冬季登頂が果たされていない8000㍍峰はK2と、このナンガ・パルバットだけである。1970年、ラインホルト・メスナーがルパール壁から登頂を試みたが途中でギブアップ。この時、弟を失った。メスナーは8年後にディアミール壁から単独で登頂した。

 この山を舞台に、メスナーと同じルパール壁からの冬季登頂を目指す男たちを描いたエンターテインメント小説が、この「大岩壁」である。

 ディアミール壁上部で立原、木塚、倉本の3人は急速に崩れた天候と急峻な岩壁に進退窮まっていた。停滞するうち高所障害が出始めた倉本をみて、2人は撤退を決断する。しかし、懸垂下降のさなか、倉本は音もなくガスの向こうに消えた…。

 5年後、立原と木塚は、アルパインスタイルでの再挑戦を計画する。目指すのは冬季初登頂だ。そんな折、未知の男から連絡がある。倉本の弟と名乗り、キャリアもつかめない彼をメンバーに加えるべきか。迷った末に、パーティーは3人で構成される。ベースキャンプを置いたルパール壁下部には、先着のロシア人パーティーがいた。やはりメスナー・ルートを狙うという。それなら、別ルートを登ればいいと倉本は主張する。ロシア隊には何か魂胆がありそうだと疑心暗鬼になった折り、倉本は単独でルパール壁に取り付いてしまった。ロシア隊より先に登頂を果たしたい、そんな思いからだろうか…。

 こうしたストーリー展開の合間に、硬質な文体による山々の描写が挟み込まれる。

 ――ルパール壁はいまは斜め横からの日射しを受けて複雑な陰影を浮かび上がらせ、純白に輝く氷雪と岩肌のコントラストが天に駆け上る巨大な龍を連想させる。

 ――標高四〇〇〇㍍に達したあたりで夜が明け始めた。

東にはK2を筆頭に、ブロードピーク、ガッシャーブルム山群、チョゴリザ、マッシャーブルムなどカラコルムを代表する巨峰群がそそり立ち、曙光を受けた山肌が燃えるような深紅に染まっている。

 こうしたパノラマを直に見たい。しかし、パキスタン北部はいま、世界的にも最も治安の悪いところとして知られる。とりあえずは、こうした著作によって楽しむしか方法はないであろう。ラインホルト・メスナーが著した「裸の山 ナンガ・パルバート」と合わせて読めば、興はさらに増す。

「大岩壁」は文芸春秋刊、1600円(税別)。初版第1刷は2016525日。「裸の山 ナンガ・パルバート」は山と渓谷社、1800円(税別)。初版第1刷は20101020日。

大岩壁

大岩壁

  • 作者: 笹本 稜平
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2016/05/21
  • メディア: 単行本

裸の山 ナンガ・パルバート

裸の山 ナンガ・パルバート

  • 作者: ラインホルト・メスナー
  • 出版社/メーカー: 山と渓谷社
  • 発売日: 2010/10/08
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

  • 中国山地幻視行~のろしは上がった・鬼が城山 [中国山地幻視行]

    中国山地幻視行~のろしは上がった・鬼が城山


     鈴が峰から鬼が城へ。我が家の裏山ともいうべき山だが、片道1時間余りの行程である。登りと下りが半々。したがって行きも帰りも所要時間は変わらない。
     鬼が城の山頂手前にある八畳岩でコーヒーを飲んでいると、幟を手にした女性が上がってきた。何人かの連れがいるらしい。声を掛け合いながら鬼が城の山頂へと向かっていった。
     さて、とこちらも腰を上げ、鬼が城山頂へと向かった。何やら騒がしい。全員で何か唱和しているふうでもある。先ほどの幟が頭をよぎった。新興宗教か。やめておこうかな。でもここまできて引き返すのもなんだし。で、頂上だけ踏んで帰ることにした。
     10人はいただろうか。全員、オレンジの法被を着ている。その中の一人から声をかけられた。今度、遠征に同行する予定のUさんである。そういえば、この山のふもとの団地に住んでいる。

     のろしを上げるイベントなのだそうだ。もちろん、宗教とは何の関係もない。瀬戸内周辺の自治体を中心に北海道から九州まで全国90以上の自治体とパラオなど海外の国もいくつか加えて同時にのろしを上げ、友情の輪を広げあうという。説明されてもよくわからなかったが、そういう趣旨のものらしい。無事にのろしを上げた後、全員で集合写真を撮る際には「どうぞどうぞ」といわれ、行きずりの山行者として入れてもらった。後で「この人誰?」といわれてしまうだろう。

    IMG_0008のコピー.jpg

    のろしは上がった。瀬戸内海の島々にも見えるだろうか

    IMG_0003のコピー.jpg
    正面の島は厳島

    IMG_0004のコピー.jpg
    広島市の南部

    IMG_0005のコピー.jpg
    鬼が城のふもとに開けた団地


    中国山地幻視行~三倉岳・湿度との闘い [中国山地幻視行]

    中国山地幻視行~三倉岳・湿度との闘い


     久しぶりに遠征を構えているので、きょう(7月10日)はトレーニングである。予報では晴れだったが、雲が厚く垂れ下がっている。前日までの雨で湿度が高い。風はない。日曜日なのに人もいない。そんな中をひたすら登る。中岳までやっとこさ登り、一息ついていると下から声がした。そのうち、若い男女二人連れが岩の間から顔を見せた。この山で初めての「ヒト」である。楽しそうに大岩を一回りし、降りていった。

     西岳にも人はいなかった。こんなに蒸し暑くてはね、と自分を納得させ、山を後にした。

    IMG_1341のコピー.jpg
    中岳の大岩越しに栗谷の集落が見える

    IMG_1342のコピー.jpg
    雲が下がってきた

    IMG_1345のコピー.jpg
    西岳から見た栗谷

    IMG_1348のコピー.jpg
    登山口起点にあるロッジ。この日はもう一つ下の駐車場から登った

    中国山地幻視行~玉峰山・頂に巨大な標識 [中国山地幻視行]

    中国山地幻視行~玉峰山・頂に巨大な標識


     松本清張は、世に出るきっかけとなった「或る『小倉日記』伝」の印象が強烈で北九州の生まれと思われがちだが、近年、本人の証言もあって広島駅近くで生まれたらしいことが定説になりつつある。父親は鳥取県日南町の生まれで、同町には文学碑も建つ。清張の代表作ともいえる「砂の器」は島根県亀嵩町が重要な舞台になっているが、清張自身がこうして中国地方と深い縁にあることも、まんざら無関係ではないだろう。

     広島から北へ150㌔、奥出雲町亀嵩にある玉峰山(820㍍)に登った。7月5日、予報では今夏最高気温と出ていたが、前日までの雨もあって山道の蒸し暑さは尋常ではなかった。おまけに石畳がよく滑る。それでもなんとか、汗だくのよれよれになりながら、山頂にたどりついた。周囲は湿気でけぶっており、眺望はなかった。山頂はやや広くなっており、800㍍の山にしては不釣り合いと思える巨大な標識がそびえていた。

     下りは周遊ルートを取り、巨岩、奇岩の連なる風景を楽しむ…はずだったが、なにせ暑さでそんな余裕はなかった。

     なお、映画「砂の器」にも出てくる亀嵩駅は今も古びた味わいを漂わせ、奥出雲の手打ちそばが味わえるはずだったが、訪れた日は定休日の火曜日だったため望みは果たせなかった。

    IMG_1322のコピー.jpg
    亀嵩駅。そばは定休日で食べられなかった

    IMG_1325のコピー.jpg
    懐かしいたたずまい

    IMG_1327のコピー.jpg
    登山口からすぐ、小さな滝が現れる

    IMG_1335のコピー.jpg
    山頂には巨大な標識が

    IMG_1338のコピー.jpg
    右端のルートを登り、真ん中のルートを下った