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「ソロ」という生き方とヒマラヤとの融合 [山の図書館・映画館]

「ソロ」という生き方とヒマラヤとの融合

 

「ソロ」(笹本稜平著)

 

 「ソロ」というタイトルから思い起こされる一冊がある。「ソロ 単独登攀者 山野井泰史」(丸山直樹著、1998年、山と渓谷社)。ヨセミテやヨーロッパアルプスで腕を磨き、挑戦の舞台をヒマラヤに移したクライマーを追った。そして彼の生死の境をさまよったギャチュン・カン北壁登頂の体験は沢木耕太郎の卓抜なインタビューによって再現され「凍」にまとめられた。

 笹本の「ソロ」もまた、多くのライターが追った山野井の肖像を彷彿とさせる。しかし、舞台は、実在のクライマーのそれとはがらりと変えてある。そのうえで、「単独登攀者」という登山スタイルだけでなく、いくつかの物語の枝葉が備えられている。一つは、スロベニアの孤高の登山家トモ・チェセンとの浅からぬ因縁であったり、また一つは極めて世俗的なテーマ=スポンサーシップとの折り合いの付け方であったりする。あえて単純化していえば、「ソロ」という登攀スタイルがまぎれもない幹=縦糸としてあり、生き方の問題が横糸としてある。これに、多くの人員と膨大なルート工作を伴う極地法から少数、短期決戦型のアルパインスタイルへと切り替わる時代の変遷が絡む。

 奈良原和志はヒマラヤ・エベレストに対置するローツェ南壁の単独登攀を目指していた。それには訳があった。かつてこの南壁を単独登攀したというトモ・チェセンの報告に疑問が呈されていることに決着をつけたいと思っているのだ。それは無論、トモ・チェセンの名誉のためにであった。南壁を単独、しかも冬季に踏破することでトモ・チェセンの企てが不可能なものではなかったことが証明される。壁に残置したとトモが証言するピトンを発見すれば名誉は完全に挽回される…。

 こうしたドラマの展開に沿って織り込まれる名峰の表情は、いつもながらだが笹本の文体がさえて見事である。たとえば、こんな具合だ。

 

 ――左右に翼を広げたような幅広い山容のラカボシは、標高七七八八メートル。一見登りやすそうに見えるが、鋭いナイフリッジ(尾根)や急峻な氷壁が複雑に入り組んだスケールの大きな山で、和志の目から見ても容易いターゲットではない。

 その隣に顔を覗かせるのはディランの美しい雪のピラミッドだ。(略)

 

 雄大なヒマラヤ、カラコルム山脈の光景と人間ドラマとの融合。映像ではまだなしえない、文字と想像力によってのみ描かれる世界がここにはあるように思う。

 祥伝社、2017年、1800円。


ソロ SOLO

ソロ SOLO

  • 作者: 笹本 稜平
  • 出版社/メーカー: 祥伝社
  • 発売日: 2017/08/08
  • メディア: 単行本

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